イベント Feed

2011年5月22日 (日)

薩摩歌

観劇日…2011年3月19日
劇場…国立文楽劇場小劇場

 南条好輝の近松世話物二十四番勝負 その二十二

 薩摩歌という作品も、名前は聞いたことがあるけど、どんな内容かあまり知られていないので、今回もへぇぇぇと思いながら拝見しました。
 薩摩歌には2組のカップルが出てきます。

 主人公の源五兵衛は薩摩で僧の修行中におまんという娘と2年の間隠れて付き合っているのが見つかって、国を追い出されてしまう。そして江戸などの武家屋敷で中間奉公などを転々としながら、京に流れてきていた。

 奉公し始めたばかりの屋敷で夜回りをしていたのだが、間違えて姉娘小万の部屋の前に来てしまう。小万に見つかってしまった源五兵衛は問いただされただけでなく、蚊帳の中に誘い込まれてしまう。

 その気配を察した奥女中の林が源五兵衛を引っ張りだして、斬りかかる。なぜ小万が源五兵衛を誘い込んだかといえば、林の正体を暴くためだった。林は実は死んだと言われていた小万の許婚・三五兵衛だったのだ。

 三五兵衛は父の仇を討つために女の姿となって小万の側に身を潜めていた。でも小万は林が女ではないと見破っていた。
 小万もまたお蘭を身代わりにして源五兵衛を誘い込んだと明かす。

 源五兵衛は小万の部屋に忍び込んだことで職を解かれ、薩摩に帰る。そして恋人のおまんの家に事助という名前で雇われる。
 おまんの実母の命日なのに、継母は供養してくれることもなく、勝手におまんの結納を受けることを決めてしまう。父親に訴えるが、気弱な父親は継母の言いなりだった。
 継母の留守に諸国行脚の尼が通りかかったので、実母の回向に経を読んでもらうために、家に上げる。

 この尼は、京の武家屋敷で小万に仕えていたお蘭で、源五兵衛が小万に誘われたときに、小万の代わりに源五兵衛の相手をしていたのだ。それに気がついたおまんは源五兵衛と喧嘩になる。
 そこに継母が戻ってきて、事助が源五兵衛であることを知ったために、源五兵衛は坊の津へと帰されてしまう。

 源五兵衛が居なくなったことを嘆くおまんを哀れに思ったお蘭は、おまんの家出の手助けをする。

 源五兵衛の跡を追って坊の津にやってくるおまん。そこに継母もおまんを連れ戻しに追いかけてくる。
 源五兵衛は継母を斬りつけ、止に入ったおまんまでも誤って斬ってしまう。そして源五兵衛は、その場で腹を切る。

 そこへ仇討を済ませた三五兵衛と小万が駆けつける。おまんの結納は、三五兵衛が源五兵衛とおまんを結ばせようとしていたのだった。
 (劇場で配られたしおりを参考にさせてもらいました)

 今まで、何回か近松世話物二十四番勝負で近松物を聞いたり、歌舞伎や文楽で見たりしてきたものの中で、一番下ネタ満載だったのに、近松でさえ、このような作品を作ることもあったのだと少し驚いてしまいました。

 三五兵衛は敵討ちまでの間とはいえ、女の姿で許婚の小万の奥女中として仕えていて、それも小万からは男だと見破られており、そんな事をしていたら、敵さえ見つけられないではないかと朗読を聞きながら心のなかで突っ込んでました。
 この感想を書くために、薩摩歌の論文を少し当たってみたのですが、その中で"僅かな歌謡又は西鶴の「恋の山源五兵衛物語」によってイメージを得、近松独自の世界を想像した"とありました。
 西鶴の「恋の山源五兵衛物語」とは、衆道ひとすじの源五兵衛は自分が惚れた美少年が2人も亡くなったことに世を儚む。そんな源五兵衛に惚れたおまんは若衆姿になって源五兵衛に近づき、途中苦労するものの最後にはハッピーエンドになるというもの。
 近松は西鶴の源五兵衛物語を三五兵衛と小万にパロディ化したと思われ、だから三五兵衛が似合わない女の姿で現れることで観客は西鶴の「恋の山源五兵衛物語」を思い出していたのかもしれません。

 本筋の源五兵衛に関しては当時の流行歌が残っているだけで、詳細が記録に残されていないようなので西鶴にとっても近松にとっても、創作の土台にしやすかったのでしょうか。曽根崎心中が大ヒットした後、引き続き心中物を創作するネタに源五兵衛の歌謡を取り上げたのかとも思えました。

 現在「薩摩歌」の上演は絶えたとしても、「五大力恋緘」「盟三五大切」などの人気作に役名が引き継がれていく作品を聞くことができ、興味深かったです。

2011年1月10日 (月)

心中重井筒

観劇日…2010年11月13日
劇場…国立文楽劇場

南条好輝の近松世話物二十四番勝負 其の二十一

 紺屋の入り婿・徳兵衛は元は色茶屋の主人の弟。家業をほったらかして実家の色茶屋の遊女お房の元に入り浸っている。
 徳兵衛は女房・お辰が留守にしているのを良いことにして、口入れ屋から女を一人雇ってお辰の振りをさせ、自分の判子とお辰の判子を使って金貸しから金を借り出かけてしまう。そこへ戻って来たお辰自分の判子まで使われたのに気づき情けない思いをする。そこへご隠居がやって来る。金貸しが若夫婦が金を借りたことで心配になって御注進したのだった。
 徳兵衛の態度に情けない思いをしていたお辰だったが、父親から非難されても、徳兵衛をかばう。ご隠居が帰った後、徳兵衛が戻って来る。お辰に意見されて、ご隠居の元へ謝りに出かけるが、やはり女郎の身が案じられて足は色茶屋に向いてしまったのだった。

 心中重井筒は近松の初期作品と言うことで、シンプルな作りで、前回の博多小女郎の時のような無理な展開ではありませんでした。ですから心中していく男女の立場に素直に直な気持ちで聞くことができました。

 この心中のきっかけは釣り合わぬは不縁の元ということでしょう。紺屋のご隠居は1文の銭さえも始末して家業第一に生きて来た人間、娘のお辰や店の奉公人もその気質を受け継いでいるのですから、水商売の家から婿入りしてきた徳兵衛とは金銭感覚が水と油のように違っていて当然です。 
 お辰も徳兵衛が二人目の婿という引け目もあったのかもしれませんが、昼間はグータラして夜になると実家へ戻って行く徳兵衛を婿に選んだところから、心中は始まっていたんだなと感じました。

 徳兵衛が金を工面しなければならなかったのは、お房の実家の親が騙されて二度売り(遊女屋に売った娘を別の店に売ること)の証文に判を押してしまったため。お房自身は子供の頃に井筒屋に売られてきてはいたのですが、家族同様に育てられ家の鍵を預かるほど信頼されていたという設定で、とすると徳兵衛とも幼なじみであり、「伊勢物語」の「筒井筒、井筒にかけし まろがたけ・・・」の有名な歌の通り初恋であったことも暗に示されています。

 家を継げない次男と遊女の恋、これが江戸時代の庶民の琴線に触れたのでしょうか。
 現在は舞台であまり見かけることができないですが、なかなか良い作品だと思いました。

2010年8月28日 (土)

博多小女郎浪枕

観劇日・・・2010年7月19日
劇場・・・国立文楽劇場小ホール

南条好輝の「近松世話物二十四番勝負 其の二十」公演

 京都に住む小商人惣七が博多に仕入れに行く途中、乗せてもらった船は毛剃九右衛門という男の物で密輸の現場を盗み見してしまう。
それに気付かれた為、惣七は毛剃に海に放り込まれるが、たまたま小舟が下にあり、命が助かる。
 惣七は毛剃の船に仕入れの金や荷物を残したままだったので着のみ着のままで馴染みの女郎屋に現れる。この女郎屋には馴染みの小女郎がおり、今回の買い付けの帰りに、身請けをして京へ連れて帰る約束をしていたのだった。

 しかし惣七が無一文になってしまったことで、その約束が反故になりそうになって、惣七と小女郎は嘆き悲しむ。
 女郎屋に景気の良い客がやってくる、小女郎は以前何かあったら相談に乗るとその客に言われていたことを思い出し、身請けして欲しいと頼む。
 
 快く身請けの金を出してくれた客に、惣七が挨拶に行くと、それは毛剃だった。毛剃は惣七が生きていたことに驚き、験が良いと惣七を仲間にならないかと誘う。惣七も小女郎の身請けの金を出してくれたことへの感謝に仲間に加わることにする。

 惣七と小女郎は京都に戻ってきて所帯を持つが、そこへ二人が留守の間に惣七の父・惣左衛門が現れ家財道具一切を売り飛ばしてしまう。
惣七が密貿易に手を染めているという噂話を聞いて、正道に付くように気付かせようとしたためだった。

 惣左衛門が隣町役所に連れて行かれている間に、惣七たちが戻ってくる、家が荒らされたのを見て、身の危険を感じた惣七はすぐに家を出ようとするが、そこに毛剃が密貿易の手形を取りに現れる。
 手形が紛失していたため、惣七は裏切り者扱いされ毛剃と争いになるが、そこに戻ってきた惣左衛門の機転で、毛剃は手形を取り戻す。

 惣左衛門は人の道・商人の道を説いて、惣七夫婦を逃がすが、追っ手にかかり捕まってしまう。駕籠ごと縄かけられた惣七は自害して果て、小女郎は惣七の死を嘆き悲しむ。(あらすじは当日配られた手引きを参照いたしました)

 長々とあらすじを書きましたが、当時博多の豪商が密貿易で捕まり総勢37人が処刑された事件を取り入れて出来た世話物狂言ですが、密貿易を見てしまい海に投げ出された惣七を何故役所にお恐れながらと訴え出させなかったのか、自らの金や荷物まで取られていながら、小女郎を身請けしてもらった恩返しに密貿易の仲間に入らせてしまったのか、近松門左衛門といえども、趣向第一に作劇せねばならなかったのだなと思いながら見ていました。

 演劇界から出されている歌舞伎名作案内の解説を見ると、近松の義太夫狂言を歌舞伎に書き換え七世団十郎が初演した「恋湊博多諷」(通称「毛剃」)は毛剃の元船が舞台一杯に飾られその舳先に毛剃が汐見の見得をするダイナミックな演出や博多の女郎屋の華やかな場面が中心の上演になるようです。(ググッたところ2009年5月に歌舞伎座で上演されているようで感想がUPされていました)

 歌舞伎で見ると少々荒唐無稽な筋立てでも理屈ぬきで受け入れてしまうのに、今回のような朗読劇だと冷静に判断してしまうのかもしれません。

 今回は20回目の記念ということで、惣七役に西川忠志さんが参加されていました。気持ちの籠もった朗読で、思い入れもたっぷりあり、真面目な取り組みが惣七という不器用な若者にぴったりはまっていたように思いました。

 南条好輝さんは毛剃や手下役だったのですが、長崎訛り風のセリフで豪快な海の男のような毛剃だったと思いました。

 三島ゆり子さんは、最後惣七が自害した時の小女郎の嘆きの深さが素晴らしかったです。
 

2010年3月30日 (火)

生玉心中

Tirasi100330_3 

観劇日・・・2010年3月13日
劇場・・・国立文楽劇場小ホール

 知り合いからチラシをもらい見に行った「南条好輝の近松世話物二十四番勝負」の19作品目「生玉心中」。
上演前の解説で文楽で上演されてから40年とのことでした。
どうりで題名を聞いたことはあっても見たことは無い作品でした。

 舞台には南條さんと三島ゆり子さん。
南條さんが現代語に訳されたストーリーと、男性のセリフを、三島さんが女性のセリフを受け持って進んで行きました。

 茶碗屋の若旦那・嘉平次はさがという遊女に入れ揚げて、勘当され出店で茶碗屋を営んでいました。
しかし恋仲のさがのことが気になって商売に身が入らず、さがが客と来ている茶屋の前に置いてあるかごの中で忍んでいました。
さがも気分が悪いと言い訳して客のところから抜けてきていました。

 人目を忍んで逢瀬を楽しんでいるとにわか雨が降りだし、嘉平次の姉と弟が雨宿りにやって来ます。
思わずかごにさがは隠れるのですが、奥からさがを探しに出てきた客にかごの垂れからはみ出していた着物の裾が見つかってしまい、嘉平次をかばって出てきます。
 
 姉はその遊女が嘉平次の相方と気付き、かごの中に弟もいるだろうと、よそながら忠告します。嘉平次には親が決めた許婚がおり、さがのことを知った親達は、1日も早く嘉平次と許婚を結婚させようとしていたのでした。

 出店に嘉平次がいないため借金取りが本家に押し掛けて来るのを怒った父親は姉たちを家に呼び戻します。 

 嘉平次は友人の印伝屋長作から、とある大名に茶碗を納める話を持ちかけられます。喜んだ嘉平次はその話に乗り、納品します。
長作は集金して来てやろうと言って受け取りを預かり、嘉平次に集金した金を渡しませんでした。

 こうしてますます金に困った嘉平次はさがを連れて深夜出店に戻って来ます。
そこに勘当したはずの父親が現れて、金を置いて行ってくれます。
しかし出店に嘉平次が戻って来ていることを嗅ぎ付けた長作が屈強な男達を連れて現れ、嘉平次と揉めている隙にその金を奪って逃げてしまいました。
こうして最後の頼みの綱まで奪われてしまった嘉平次はさがと二人、死出の旅路に出ます。

 上演後に南条さんがお話してくださったところによると、この作品は「曽根崎心中」十三回忌追善に作られた作品であるとのことで、「生玉心中」の中にも長作が「曽根崎心中」を熱心に観劇しているというセリフが出てきました。
 そして嘉平次の借金というのは、今の貨幣価値でいうと15万円くらいのものだったそうです。

 近松門左衛門の世話物といっても、現在常に上演されるのは数が限られていますし、作品を読もうとすると図書館などで借りるしかないので、現代語で分かり易く朗読してくださっていて、本当に勉強になりました。

 「生玉心中」が、文楽で上演されてから40年間上演が無いというのは、作品が作られた当時ならば心中というニュース性と曽根崎心中13回忌の話題性があったのかもしれませんが、時代が過ぎてしまえば心中物の型にはまった作品であることと、いくら近松とはいえネームバリューが低いので、興行的には難しいだろうなと感じました。

 近松二十四番勝負も後5作品となってしまいました。もう少し早く知っていれば、今まで見たことも聞いたこともない作品を知ることができたのにと、ちょっと悔やんでいます。

2008年1月24日 (木)

仮面ライダー電王 ファイナルステージ

観劇日…2008年1月20日
劇場…グランキューブ大阪


 注:このキャラクターショーのあらすじは大阪公演を1度見ただけのうろ覚えで書いておりますので、記憶違いが多々あるかと思います。
 恐れ入りますが、それをご了承の上、こんな感じやったんやなということでお読みいただけると幸いです。


 テレビ本編でデンライナーが時空のかなたに消えたところから、物語は始まります。
 デンライナーのオーナーに運賃を請求されたモモタロスたち。お金がないのでアルバイトをすることにしました。

 場所はターミナル内にある温泉。

 ターミナル温泉の支配人にやらされた仕事は宴会場の掃除。でもキンタロスは相変わらず居眠り。ウラタロスは「こんなの僕の柄じゃないし」と全然やる気なし。
モモタロスもウラタロスの態度に腹を立て、いつものとおり喧嘩を始めてしまいます。

 そこへダンサーズを引き連れて、リュウタロスが現れます。リュウタロスが「道端で踊っているとみんながお金をくれるんだ」というのを聞いて、手っ取り早く儲けるには、この方法だとモモたちはリュウタにダンスを習うことにするのでした。

 そのころ、ターミナルの操車場ではイマジンの気配を感じたゼロノスとデネブが、イマジンを探しています。
 カイとともに消えたはずのイマジンだったのですが、時空のあちこちに隠れていたイマジンたちがターミナルを乗っ取ろうと集まってきていたのでした。

 喧嘩以外に取柄のないモモたちに、ブレイクダンスを教えるのは無理と判断したリュウタは、「大きな栗の木の下で」のお遊戯を教えることにしました。
 そのお遊戯を練習するために、操車場にやってきたモモたちは、ゼロノスと出会います、そしてイマジンたちを退治するために協力することになりました。
プラットフォーム姿の良太郎も駆けつけてきます。

 イマジンとの戦いが始まります。モモタロスたちが優勢になったところで、ガオウが現れ、モモたちの時間=記憶を消してしまいます。

 良太郎たちと戦ってきた記憶を消されたモモたちは、ターミナル温泉の宴会場でおとなしく掃除を始めます。
良太郎たちがイマジンとの戦いで危機一髪に陥ります。そこにデネブが現れ会場のお客さんにモモたちの名前を呼んで、モモたちの記憶を取り戻してほしいと頼みます。
 会場中の良い子が力を与えたので、モモたちは目を覚まし、イマジンたちとの最終決戦になるのでした。

良太郎やモモたちの活躍でイマジンは無事退治され、再びデンライナーに乗車したモモたちは時空のかなたに旅立って行きました。

 ここで幕が下りたので休憩かと思いきや、すぐに幕が上がって「クライマックスジャンプ デンライナーフォーム」のPVを模したライブステージになりました。

 CDではリュウタがラップを歌う場面があるのですが、そこがモモタロスたちからのメッセージに代わっていました。そしてPV同様曲の最後はモモたち4人が暴れまくるという演出になっていて、幕が下がり、場内が明るくなるとモモたち4人が幕の外に取り残されていてあわてて舞台の袖に走りこんでいきました。

 キャラクターショーは理屈ぬきで電王ファンが見たいと思っているものがてんこ盛りの内容になっていました。
戦いのシーンでも、モモタロスたちの姿はもちろん、電王に変身しての戦いもあり、ゼロノスもアルタイルフォームやデネブと合体してのベガフォームまで舞台上で見せてくれました。
 電王もソード・ロッド・アックス・ガンフォームだけではなく、デンライナーフォームやクライマックスフォームまでありました。

 敵のイマジンも劇場版のガオウやコブラ、テレビ版のレオイマジン等強力なメンバーが揃えられていて、力の入れ具合がすごいなと感心しました。

 観客のほうも仮面ライダーたちだけではなく、ガオウやレオイマジンが登場すると歓声を上げていましたので、どれほどこの作品のキャラクターが敵味方を問わず愛されているのかがわかりました。

 キャラクターに合わせた声の方も、テレビ本編の最終回を録り終えた後に、オリジナルメンバーが録音したものということで大変贅沢なものでした。

 第1回目のキャラクターショーということで、ライティングやアクションの見せ方など、まだまだな点も見受けられましたが、舞台という制約の中でテレビ本編のイメージを崩さずに上演したスーツアクターさんたちの努力に敬意を表したいと思います。


 トークショーには、キャストから佐藤健君・中村優一君・秋山莉奈ちゃん・松本若菜ちゃん。声優側から関俊彦さん・遊佐浩二さん・てらそままさきさん・鈴村健一さんが出席されました。

 最終回直後のトークショーで、最終回をまだ見てない観客への配慮でネタばれしないように注意されていたらしく、少々奥歯に物が挟まった状態での発言にならざるを得なかったのが残念でした。

 では覚えていることを箇条書きで。

 ○モモタロスの声役の関さんが最終回の放送を見逃したということで小さくなっておられたのが、可愛かったです。

 ○出席者への質問で、どのイマジンに憑依されたいですかとの問いに、一番多かったのがデネブ。関さんだったか(?)デネブだったら最低限の生活だけはできる(ような意味のことを)と答えておられました。

 ○反対にどのイマジンに憑依されたくないですかとの問いに、秋山さんはモモタロス。モモタロスは乱暴者なのでというのが答えでした。そこに関さんが、「モモタロスは女の子にはつかないな。どちらかというとモモタロスがナオミについてもらいたいのでは」と大人の発言をしていました。

 ○一番人気のなかったイマジンはジークで、なぜジークにつかれたくないかと聞かれたてらそまさんが「だってこいつ嫌でしょ」と答えてました。

 ○中村君が嫌なイマジンはリュウタロス。「リュウタロスがついた後、佐藤君が腰が痛いというのを見て」とのこと。

 トークショーが終了し幕が下り、キャラクターショーの方でクラジャンライブやったから、生歌は聴けないのかなと思っていたら、モモタロスの「まだまだ帰さねぇぜ」という声がして、再び幕が上がり、全員でクラジャンを歌うアンコールが付いていました。

 2時間弱のファイナルステージでしたが、密度の高い時間をすごすことができました。



2005年11月11日 (金)

萩野崇「トーク&リーディング」

観劇日…2003年4月13日
劇場…新宿ロフトプラスワン


 この独白を読んでくださっている方なら、だいたい私がかなりのミーハー者であることはご理解いただけているかとは思うのですが、そのミーハーもここに極まれりともいうべきイベントに行って来ました。
 ちょっといつもとは毛色が違いますが、記憶のためにちらっと独白にも留めておこうと思います。
 萩野崇は2002年1年間に渡って放映されていた「仮面ライダー龍騎」で仮面ライダー王蛇という悪役を演じ、強烈な印象を視聴者に与え、大変な人気を勝ち取りました。 
この人気に併せ芸歴10年と今年30歳になる一つの締めくくりとして、自作の詩と作文を自筆で載せた写真集を出すことになり、その出版記念の朗読会が開かれました。といっても凄い人気なので抽選ということだったのですが、どういう訳か当選してしまい、久しぶりの上京となりました。
 朗読会の参加者はほとんどが女性でたぶん男性は4人くらいしかいなかったのではないでしょうか。私としても観劇が趣味なので舞台中心の俳優さんなら労演の交流会やらなんやらで間近で見ることも何度かありましたが、テレビ中心の俳優さんのイベントは全く始めてでその熱気の凄さに圧倒させられるばかりでした。そしてやっぱりカリスマ性というのか、どうすれば自分がイメージを壊すことなくファンに見せられるのかというのを意識して演じているのか演じていないのか、なんて理屈をこねることも忘れさせるほどのいい男でした。
 
 第1部は写真集を見ながら、写真を撮る企画段階からの裏話。
 第2部は掲載されている作文と詩の朗読、それとちょっとしたコメント。
 最後は一人ずつ握手しながら観客の退場というファンならもう感涙ものの企画でした。
 観客も大人しくじっと朗読や解説を聞くと言うよりも、どんどん話の中に入っていって、質問したり突っ込んだりと爆笑の連続の楽しいものでした。
 この朗読会に参加して萩野崇がスタッフや周りの人間に可愛がられている理由を少し垣間見ることができたかもしれません。それはこの人が本当に優しい人なのだなと感じられたことです。
 天が二物を与えちゃった人っていたんですねぇ・・・。

2005年10月29日 (土)

「水下きよし ひとり会」

観劇日…2001年12月8日
劇場…我楽茶堂
 

花組芝居の水下きよしのひとり会が大阪で開かれました。東京ではときどき開かれているそうですが、大阪では初めての試みです。場所は最近若い人達に人気のおしゃれな店が集まる南船場にある小さな喫茶店でした。ちょっとアジアンな感じの店でした。
 ひとり会といっても一人芝居ではありません。詩の朗読です。
水下きよしはまるで大学の先生のように本を片手に現れました。
詩を読むことなど高校の現国の授業以来ありません。まして朗読など初めてのことの様な気がします。読まれたのは谷川俊太郎の詩(男の生き様や愛をおしゃれに描いた)や宮沢賢治の「夜鷹の星」など。
 照明を落とした店の天井を見上げながら詩の朗読を聞き、思い切り想像力をかき立てる、何だか久しぶりに脳を使ったような気がしました。
水下が選んだゆったりした音楽も心を和ませてくれました。最後の一曲はジョン・レノンの“イマジン”でした。12月8日でしたから。
 お客さんも25人と少ないし、水下もどうやってなごませればいいのか手探りの感じがあって両方で緊張した状態が続いたまま終わってしまったようでした。
でも、たまには詩の朗読を聞いて脳味噌をほぐすことも人間に必要なことだなと、ゆったりした余韻の中で感じました。