前進座 Feed

2007年7月21日 (土)

「法然と親鸞」

観劇日…2007年7月14日
劇場…京都四条南座


 2011年〜2012年にかけて、800年大遠忌を迎える法然上人、750年を迎える親鸞聖人を記念し、浄土宗・浄土真宗本願寺派・真宗大谷派三派の後援を受けている作品。

 3部に分かれており、1部は法然上人のエピソード、2部は法然上人と親鸞聖人の出会い、そして法然上人の元で学ぶ親鸞聖人、3部は越後に流された親鸞聖人一行が越後〜東国の人々に布教をしていくエピソードを判りやすく舞台化していたと思いました。

 私は浄土真宗本願寺派の勉強をさせてもらったことがあるので、親鸞聖人のエピソードについては知っていたのですが、法然上人については親鸞聖人が弟子入りされたところからしか知らなかったので、大変勉強になりました。
 三派合同後援ということで各派の門徒・信者さんもたくさん見ておられたとは思うのですが、どの方々も私と同じ印象を持たれたのではないでしょうか。

 法然上人は備前国の武士の子息で、戦乱で父を失い、母の願いを受けて比叡山で仏道修行に励まれ、数多ある仏典の中から善導大師の書によって、阿弥陀如来の本願は四十八願中第十八願であると知ります。そして比叡山黒谷を出て吉水に居を構え、人々に教えを広めるという活動を始めるのです。

 法然上人を演じたのは中村梅之助さんでしたが、戦乱と飢餓に苦しみ生きることに悩む人々を包み込む大きさがあって、適役だと思いました。浄土宗の教えが人々に広まり、危機を感じた比叡山の僧侶が法然上人に挑む「大原談義」の場面は、浄土の教えを解説する膨大な量のセリフがあり、それを語りきった梅之助さんに心から拍手を送ってしまいました。

 親鸞聖人を演じたのは嵐圭史さん。圭史さんは口跡が素晴らしいので、セリフの一言一言が力強く、民衆と共に汗を流し、人々を迷いから救おうという意志の強さがよく表現されていたのではないでしょうか。

 親鸞聖人の言葉は歎異抄によって今でも多くの人に親しまれ、お聴聞の席でも取り上げられることが多く、耳なじみのあるフレーズがたくさんあるのですが、今回の脚本には原文を取り入れてある箇所もあり、それが舞台化されていることで、門徒の方々には親しみ易く、より理解が深まったのではないかと思いました。

 私は浄土真宗の基礎知識があるので、結構興味深く拝見することができたのですが、全く門外漢の観客には、浄土宗系の独特な仏教観はたった3時間の芝居ではで少々難しいのではないかと思いました。
 

2005年12月30日 (金)

「お登勢」 前進座

観劇日…2005年2月26日
劇場…国立文楽劇場


 「お登勢」は船山馨原作で、数年前にはNHK金曜時代劇で沢口靖子を主演に放映された作品です。
 幕末の徳島藩藩士と淡路島・洲本城の城代家老稲田家家来の間には永年に渡る確執があったのです。徳島藩直属の藩士は白足袋をはけるのですが、洲本の稲田家家来は徳島藩直属の藩士ではないため「またざむらい」と蔑まれ、浅葱色(あさぎいろ、今で言う水色)の足袋しか許されず陰で「浅葱者」と呼ばれていました。
 両者の確執は、幕末という時代の流れに飲み込まれます。今までの体制を守ろうとする徳島藩は徳川方に付き、「またざむらい」の地位から脱却し独立を模索する稲田家は朝廷方に付くのです。
 徳島藩士で洲本吟味役の加納家の娘・志津と稲田家家臣の津田家の息子・貢、そして田舎娘で加納家に女中として奉公しているお登勢の3人を中心に物語は進んでいきます。
 テレビで放映されているときに、原作を読んだのですが、歴史の陰に埋もれているとはいえ幕末の徳島・淡路島から北海道開拓にまで至る大変スケールの大きな作品で、どのように舞台化するのだろうかと興味を持って見ました。が、残念ながら加納家と津田家の家庭内の物語という形になってしまっていたのではないでしょうか。確かに津田貢と加納志津の婚礼の日に徳島藩士たちに浅葱色の足袋をはかせた犬の死骸を持ち込まれる場面など象徴的な場面もありましたが、全体的に一触即発の危機感が希薄な感じがしました。
 また貢と志津とお登勢の三角関係があり、その上に貢とお登勢と志津の兄・睦太郎の三角関係もあったのですが、前者に力点がおかれていたために、お登勢が睦太郎に切られる理由付け程度に、睦太郎がお登勢に恋心を告白するシーンが付けられたような気がしました。
 そしてラストは貢と傷ついたお登勢が北海道へ新天地を求めて移住する決意をするところで終わりました。原作では北海道へ渡った後、命を懸けた開拓の苦労話が続き、「お登勢」は北海道へ移住してからが、物語の核心となるのです。
 原作もパンフレットも読んでいない観客にどれだけこの作品の本質を伝えることができているのか、疑問に思ってしまいました。
 この芝居には2体の木偶人形が登場します。文楽と同様で3人遣いなのですが、この人形を操っていたのが前進座の役者さんたちでした。文楽人形遣いの修行の長さから考えると、短期間でよくもまぁこれほどまでにと思うほど、巧かったように思います。
 BGMは義太夫だけのシンプルなもので、前進座の新作物としては珍しく感じました。
 「お登勢」のタイトルロールを抜擢されて演じた浜名実貴の若さ・初々しさが前評判通りで、お登勢の一途さが素直に表現されていたようで、この重々しい芝居に花を添えていたのではないでしょうか。

2005年11月 7日 (月)

「天平の甍」  前進座

観劇日…2003年2月11日
劇場…国立文楽劇場


 「天平の甍」といえば唐招提寺、唐招提寺といえば鑑真和上と思って見に行くと、鑑真和上がなかなか登場されないので、嵐圭史ファンにはちょっと物足りなかったかもしれません。たださすがに最後の鑑真和上の格調高い文語調の独白、こちらの耳だけではなく、腹にまで響くほどの迫力でした。
 「天平の甍」の主要なストーリーは中国から律師(奈良時代の日本には僧に戒律を授ける律師がいなかった)を招くために、唐に渡った4人の日本人留学僧の生き様を通して描かれています。その中でも河原崎國太郎・嵐広也兄弟の熱演でやっとこの二人のニンにあった役を見たと思いました。
 広也の芝居を初めて見たのが「女殺油地獄」の与兵衛でどうも素の真面目なところがどことなく現れて、あんまり似合わないなぁと思っていました。広也には一本気で一途な男がいいようです。
 國太郎は栄叡(広也の役)の死後、鑑真和上を日本に連れて帰るための中心になった僧・普照役でした。栄叡が動なら普照は静というような感じなのですが、表面は静かな中に芯のしっかりした人間を演じておられました。これもとっても良い役作りだったのですが、こういう役が良いということが女形として良いかどうか疑問に思えました。
 個々に気になるところはあるものの、全体的にはちょっと淡々とはしていましたが(と感じたのも前の週に花組芝居のどたばたした芝居を見ていたからかもしれませんが)面白い作品に仕上がっていたと思います。

2005年10月26日 (水)

「おれの足音」  前進座

1xuk3jf4 観劇日…2001年6月23日
劇場…大阪松竹座


 労演以外で前進座を見るのは、2回目です。でも初めての時に比べていつの間にか「あっ、“さぶ”に出ていた中嶋さんだ」とか「“女殺油地獄”でおっかさんをやってた前園さんだ」等々、京都労演で見る機会が増えてきたので少しずつ顔と名前が一致してきました。
今回番付を見て驚いたんですが、前園さんって経歴長いんですね。
去年女殺油地獄を見たときはまだおっかさんの役をするには若いんちゃうんと思ってました。本当のお年は存じませんが、エネルギッシュな持ち味が若く見せるのかも。(本当は若かったらスイマセン)
 梅之助さんは今回の公演の座頭ではあるのですが、脇役の堀部弥兵衛に回っておられました。とはいえ舞台に出てこられると梅之助さんに自然と目が行きます。やっぱり粋なんですよね。でもちょっと残念だったのは私の席が結構前の方だったので気になったのかもしれませんが、梅之助さんのメイクの皺の色が濃すぎたのではと引っかかってしまったことくらいです。
 「おれの足音」という芝居は忠臣蔵の大石内蔵助の有名なエピソードをつなげて、人間大石内蔵助を描くというものです。若い頃は昼行灯と呼ばれた器の大きい内蔵助役が梅雀さんのニンにぴったりでこんな暖かいリーダーならどんな苦しい時にでも付いていきたくなるだろうなと思わせる物がありました。
この芝居、梅雀さんの当たり役の一つとして、年齢と共に味わいが増していくのだろうなと思いました。
 前進座の芝居を見に行ったもう一つの目的は現・國太郎さんを見ることでした。市太郎時代にも拝見したことがかったので、ちょっと楽しみにしていたのですが、私の感想から言うと猿之助一座の若手女形風の演技で、しかもそれよりちょっと下手な感じがしました。周りをなかなか上手い女優さん達が囲んでいて、女形と女優が共演しているとどちらかというと女優の方が影が薄い感じになるはずなのに、女優さんと同列な印象を受けました。
ちょっと残念だったかな。女形完成の道はまだまだ遥かな感じです。次回は歌舞伎の演目で拝見してみたいものです。