歌舞伎 Feed

2014年6月26日 (木)

松竹大歌舞伎(平成二十六年度全国公立文化施設協会主催中央コース)

観劇日…2014年6月20日 劇場…八尾プリズムホール

 我が街の公共ホールに市川猿之助さん・市川中車さんの襲名披露公演がやってくる。その上、歌舞伎常設劇場の半額となれば行かない理由はありません。久々にチケットを抑えるのに苦労しました。

 演目は太閤三番叟・襲名披露口上・一本刀土俵入りの3本でした。

 太閤三番叟は、豊臣秀吉・北政所・淀の方の3人が三番叟を踊る設定で、背景は大阪城の絵が書かれていて大阪らしくていいなぁという感じでした(ただし今回の巡業で大阪で上演されるのは八尾と岸和田だけであとは全国各地だったのですが)。長唄さんも録音じゃなく生演奏で贅沢な気分になりました。  北政所には笑也さん、淀の方には笑三郎さんと猿之助一座を代表する女形二人をまず最初に。その後豊臣秀吉が出てくるんですがキビキビとしていて力強さもあり、最後に黒装束の男たちとの殺陣もあって、三代猿之助四十八撰らしい三番叟でした。

 口上の前に、今回の襲名披露公演で福山雅治から贈られた引幕が引かれました。これは松竹座での披露公演でも拝見しましたが、この旅公演にも帯同させてたんですね。  さて口上は、片岡秀太郎さんが詳しく澤瀉屋についてお話され、今回出番は口上だけなのでその分力を込めておられたようでした。  ひと通り口上が済んだ後、猿之助さんが友人の青木崇高さんにメールして八尾について聞いたところ、仏壇とヤンキーの町との答えが返ってきたと笑いをとっておられました。

 一本刀土俵入り。取手の我孫子屋のお蔦役は猿之助さん。お蔦は店の前で起きている喧嘩沙汰やたまたま通りかかった駒形茂兵衛が因縁を付けられる様子などを2階の窓の縁に腰掛けて、お酒を飲みながら眺めているのですが、酔っていく様が上手くて、どこかお酒の香りが漂ってきそうな感じがしました。茂兵衛に同情もしていたでしょうが、酔っ払ってるから気が大きくなって有り金に櫛笄付けて、茂兵衛にやってしまったんだなと思いました。    後半のお蔦は、音沙汰のない夫を待ちながら、娘と二人、内職をしながら貧しい暮らしをしていたため、全く化粧っ気の無い地味な女になっていました。元水商売の女にも見えないほどの変貌ぶりでした。

 駒形茂兵衛役は市川中車さん。前回松竹座で拝見した古典物ではセリフが危うくて、ちょっと大変やなと思ったのですが、長谷川伸の昭和初期の作品でしたので安心して見ることができました。  亡くなった母の墓前で横綱土俵入りを見せたいという泣ける芝居、お蔦からもらったお金で食べることができたのでチンピラ相手に喧嘩をして強いところを見せ、10年後渡世人になった時にはきりっとした男らしい姿に。

 この芝居を見ながら思ったのですが、第1幕と最終幕の10年の間に、お蔦はどうやって水商売から足を洗うことができたのだろうか。そしてどうやって茂兵衛はやくざの世界に身を置くことになったのか。ただお蔦と茂兵衛の立場が完全に逆転してしまったという設定を見せたかったのかもしれませんし、昭和初期の古典からの過渡期の作品なので、あまり深く考えなくてもいいのかもしれませんが、猿之助さん中車さんという芝居がうまい二人で拝見していると、ついそんなことが気になってしまいました。

 駒形茂兵衛が我孫子屋のことを尋ねる船大工役に坂東竹三郎さんと市川寿猿さん。竹三郎さんが男で関西弁じゃないという珍しい役を、寿猿さんも久しぶりにお元気な姿を拝見できました。  旅公演なので、その他大勢の役の人たちがちょっと弱いように感じられたこと、プリズムホールの大ホールは基本コンサート向けなので2階席ということもあり、声が割れて聞こえるのが残念でした。  舞台の寸法は歌舞伎にピッタリなのに、回り舞台が無いのも残念でした。  

2011年11月26日 (土)

第二十一回上方歌舞伎会

観劇日…2011年8月21日
劇場…国立文楽劇場

演目は「絵本太閤記・尼崎閑居の場」「松廼羽衣」「傾城反魂香・土佐将監閑居の場」の3本でした

「絵本太閤記」・・・十次郎役は片岡千次郎さん。真面目な人柄なので出陣するまでは、もうちょっと派手さが欲しいかなと思いましたが、後半苦しい息での述懐は憂いがあって良かったです。
初菊役は片岡りき彌さん。赤姫なので、出だしはもうちょっとあどけなくてわがままな感じが欲しかったかも。許嫁が出陣するのが分かっていても最初から寂しげな感じだと、後半の本当に悲しむ場面で、悲しみが深まって来ないのではと感じました。

光秀役は片岡千志郎さん。光秀は笠から顔を出すところで劇場を圧倒する力が必要とされる座頭の役です。さすがに千志郎さんにはまだまだ風格を云々できる力は不足していますが、現在自分が持てる力を振り絞っていたのではないでしょうか。時代物に必要な武骨な持ち味はこの先貴重になると思いました。

「傾城反魂香・土佐将監閑居の場」・・・主役の又平役片岡松次郎さん、お徳の片岡千壽郎さんの真面目な役への取り組みが反映されているように思えました。
ただ私の目には主役の二人よりも、年配の土佐将監の役を飄々と演じている中村鴈大さんの雰囲気が面白くて、そちらの方が印象に残りました。

「松廼羽衣」は舞踊なので私自身詳しくないので、感想は失礼致します。

 今年から上方歌舞伎塾の卒塾生を中心にした編成になり、実力の差が無くなったことで、いい意味の緊迫感が生まれ、拝見していて好感が持てました。
そして若手たちだけでも満足させてもらえる公演ができるようになったことに安心しました。

2011年4月29日 (金)

通し狂言 彦山権現誓助剱

観劇日…2011年2月12日
劇場…大阪松竹座

  67年ぶりの関西での通し公演とのことでした。
 毛谷村六助住居の場では女武丈夫のお園にスポットライトが当たることが多く、そんな芝居だと思っていました。 

 発端は長門国で武道指南役の吉岡一味斎が家老の前で京極内匠と木刀で立ち会い勝利します。それを逆恨みした京極は鉄砲で一味斎を殺し出奔します。仇討ちの赦免状を得たお園たちは京極の後を追います。

 山城国眞葛ヶ原に夫弥三郎・息子弥三松と共に暮らしていたお菊のところに京極が現れます。そして弥三郎・お菊を騙して、松原に誘い出し、この二人を殺してしまいます。残された弥三松は若党の佐五平に伴われて、豊前国に向かいます。

 一味斎の弟子・六助は豊前国で百姓をしていました。そこに微塵弾正という男が現れ、年老いた母親の為に仕官したいので御前試合で六助に負けてくれと頼みます。その気持を汲んで六助は負けてやりますが、実は微塵弾正は京極であり、母親も百姓女で、その秘密を守るために百姓女は殺されてしまいます。

 また若党の佐五平も京極に斬られ、弥三松を六助に預けます。そして有名な毛谷村六助住家の段へと繋がっていきます。

 こうして通しで見られると、何故お園が虚無僧の格好していたのかなど納得できました。狡猾な京極の目を逃れて、仇討のために諸国を巡るためには、変装せざるを得なかったということでしょう。

 敵役の京極は、目的の為なら人を騙すのも殺すのも平気な男、結構この設定が面白くて、67年も通しで公演が無かったのが勿体無いと思いました。

 主役の六助が後半にしか出てこないので、仁左衛門さんが出てきはったときには、心のなかで「これがほんまの待ってましたやで」と思いました。百姓なのに剣の達人でさっぱりとした気質のいい男。こんなにおいしい役は歌舞伎でも滅多に無いのではと思えました。

 テレビのバラエティーで、チラッとお顔をみるだけだった松也さんの女形を見ることができたのも、収穫だったと思いました。歳はお若いのに、なかなかこなれた感じで印象に残りました。

2010年10月24日 (日)

第二十回上方歌舞伎会

日時・・・2010年8月22日
劇場・・・国立文楽劇場

簡単に感想を。

  1、寿曽我対面

 工藤左衛門祐経の役を片岡松次郎さんがやっていたことにまず驚きました。祐経といえば、座頭級の役者さんが貫禄で演じられたりするのですが、松次郎さんもこんなお役をされるようになったのだなぁと思いました。

 曽我五郎時到は片岡千次郎さん、気力充分と見えました。曽我十郎祐成は片岡仁三郎さん、この芝居の主要メンバーの中では芸暦が長い分十郎として血気盛んな五郎を上手く押さえているように感じました。

 2、戻駕色相肩

 駕籠かきの二人が実は石川五右衛門と真柴久吉だったという踊りで、この駕籠に乗っていたのが禿。男二人と女の子の三人の踊りです。
 だいたい駕籠かきが五右衛門と真柴久吉だという趣向なので洒落っぽく踊るべきものなのでしょうが、残念ながらそこまでこなれてなかったように見えました。
 
 3、菅原伝授手習鑑・寺子屋 寺入りより

 上方歌舞伎会を今回で卒業する片岡松之助さんが、松王丸を演じました。
 松之助さんの松王丸はかなりドスが利いていたので、あの様式的な衣装と釣り合わない感じがしました。
  たぶん一生に一度かもしれない松王丸の衣装ですが、松之助さんのニンから言えば、牛飼いの衣装の方が良かったかもしれません。

 武部源蔵と戸浪は片岡千志郎さんと千壽郎さん。真面目な人柄そのままな源蔵と戸浪だったと思いました。
 中村扇乃丞さんの松王丸女房千代は、情愛の深さに味が出て来たのではないでしょうか。
 坂東竹朗さんの涎くりは、どこのクラスにでもいるような悪ガキっぽくて、寺子屋の子供達をうまく引っ張っていた感じがしました。涎くりが何かするたびに、子供達がニコニコと楽しそうで、見ているこちら側も微笑ましくてよかったです。

2010年9月19日 (日)

関西・歌舞伎を愛する会結成三十周年記念 七月大歌舞伎

昼の部を見ました。
1、妹背山婦女庭訓・三笠山御殿

 求女が段治郎さん、橘姫が春猿さん。この2人が幕開きに舞台に立つと華やかでした。私としては最近二十一世紀歌舞伎組の皆さんを見るのが久しぶりだったので、やっぱりこの2人は絵になるなぁと感じました。

 お三輪は孝太郎さん。恋人だったはずの求女が橘姫の元へ去ってしまっただけでも辛いのに、求女を捜してやってきた御殿で官女たちにいびられて、疑着の相が現れると鱶七に殺されてしまうという不幸な女の子の役でした。
 健気な役がぴったりな孝太郎さんは安心して見ることができました。

 おもしろかったのはいじめの官女で、普段立役をなさってるおじさまたちが、おすべらかしの官女で出てこられたのが珍しく、めっちゃドスの効いた官女やらいじわるな官女やらが、手の挙げ方足の出し方まで一々文句をつけるのが迫力があって、楽しめました。

 ただ、4月に文楽で妹背山婦女庭訓の通しを見ていただけに、この重たい段を朝一に持ってくるのはどうなんだろうと疑問が湧きました。御殿で見た目華やかで若手もそれなりに裁けるという理由で選ばれたのだとしたら、妹背山婦女庭訓という作品に対して失礼かなと感じました。

2、大原女・国入奴

 中村翫雀さんが踊られました。まずおたふくの面をつけてちょっとポッチャリした姿で、その後衣装を脱いで奴姿になられました。7月のこの暑い季節に、衣装2種類を着込んで軽やかに踊られるって、たいへんやなと思いました。

3、元禄忠臣蔵・御浜御殿綱豊卿

 ここで書いていて、昼の部は御殿が2つ並んだんだなと気が付きました。
 徳川綱吉時代、綱吉に子供がいないために次の将軍候補として紀州の吉宗と競っていた綱豊と、当時世間を騒がせていた赤穂浪士の一人富森助右衛門との討論が芝居の中心になります。

 助右衛門の妹が綱豊の愛妾だったので、助右衛門は一目吉良上野介を見ようと御浜御殿にやってきます。そこで助右衛門は綱豊が酒を飲んでくつろいでいる席に呼ばれます。そして大石内蔵助が京都で遊興に耽っているのは、吉良上野介を仇討ちするのではないかと期待する世間の目を誤魔化す為なのかと綱豊は助右衛門を問い詰めます。
 反対に助右衛門は、綱豊が御浜御殿で遊びほうけているのは、将軍の座を狙ってるように見られたくないからではないのかと言います。

 そうこうするうちに夜になり御浜御殿では能の舞台が始まります。助右衛門は綱豊を吉良上野介と間違って槍を突き出すのですが、綱豊に振り払われ説経されるのでした。

 綱豊と助右衛門の討論を拝見していて、セリフ量の多さに圧倒されました。
 昔見たときにはそれほどとも思わなかったのですが、仁左衛門さんの年齢を思うと、膨大なセリフを緊張感を持ったまましゃべり続けられたのに脱帽しました。
 助右衛門、昔見たときは中村富十郎さんだったのですが、富十郎さんの力強く流麗な活舌は聞く者に有無をも言わせぬ迫力で迫ってきますが、今回の染五郎さんの助右衛門は若さでぶつかってくる感じで、こっちの助右衛門の方がらしくていいなぁと感じました。

 

2010年3月26日 (金)

寿初春大歌舞伎 「通し狂言仮名手本忠臣蔵」

観劇日・・・2010年1月23日
劇場・・・大阪松竹座

 昼の部(大序・三段目・四段目・五段目・六段目)を拝見してきました。
 上方式演出をメインにしていますので、劇場に入ると何年かに1度見れるか見れないかの「大手・笹瀬」の引き幕が飾られていて、いつもとは違うなという気分にさせてくれました。

 口上人形が登場し、配役の読み上げ、そしていよいよ幕開きとなるのですが、今まで見てきた忠臣蔵よりも重々しい雰囲気だったような気がしました。

 今回の上演で私なりに感じたことを箇条書きで
  
1、上方式演出でも最近はなかなかお目にかかれない山賊姿の斧定九郎が見られたことが貴重でした。
  定九郎も山賊姿ですから、白塗り着流し姿の時よりも下品な感じで元侍であったようには見えませんでした。

2、同じく山崎街道の場で、舞台装置が普段なら中央に稲わらの束を干してあるようなのが飾り付けられてて、定九郎の手がニュッと出てきたり、殺された与一兵衛が投げ込まれたりするので見慣れたりしているのですが、それがありませんでした。山崎街道を知っている上方の観客に向けたということなのか、わりにありふれた田舎道のようで、現代の私たちでも山崎街道といえばこんな感じやなぁと納得出来るような装置に見えました。

3、六段目で驚いたのは、お才の配役が孝太郎さんだったことです。
おかるが秀太郎さん、おかやが竹三郎さん。お才を何十回と演じておられる二人に挟まれて、孝太郎さんにとってこんなプレッシャーの掛かる舞台は無いだろうなと思いながら拝見しました。勘平の藤十郎さん、善六の寿治朗さん、そして秀太郎さん・竹三郎さん、どなたも芸暦50年以上の役者さんの中で、祗園一力茶屋の女将というどちらかと言えば、あまりニンには無い役をなさったことで、すごい勉強になったのではないでしょうか。

4、藤十郎さんが出ずっぱりの大車輪で活躍されたことに驚かされましたが、ただそれだけではなく、なかなか拝見する機会が無い上方式演出を後世に伝えるために若い役者さんたちばかりではなく、我々観客の記憶の片隅に留まるようにとがんばられたのではないかと思えてなりませんでした。

2009年9月19日 (土)

第十九回 上方歌舞伎会

観劇日・・・2009年8月23日
劇場・・・国立文楽劇場

 「修善寺物語」「双蝶々曲輪日記」「京人形」

 1、「修善寺物語」岡本綺堂によって明治44年に発表された新歌舞伎、上方歌舞伎会で上演するのは珍しい作品です。
 とにかく新歌舞伎はセリフの量が多いし、謳い上げるような名セリフなども散りばめられていて、古典とはまた違った苦労があるのではないでしょうか。
 伊豆の修善寺に住む天下一の面作り職人の夜叉王には二人の娘がおり、妹のかえでは弟子と結婚して職人の妻らしく生きているのですが、姉のかつらは母が昔公家に奉公していたのを誇りに思い、いつか自分も貴人に仕えようと心に決めていました。

 このストーリーからして、何故公家に仕えていた気位の高い女が、名人とはいえ一介の面作り職人の妻になったんだろうという疑問を持ちながらの鑑賞となってしまいました。今考えると明治の頃だと下級武士出身の娘が職人の妻になることも多かったでしょうから、こういう設定でも何の疑問も無く民衆に受け入れられたのかもしれませんが。

 「修善寺物語」のヒロイン・かつらの役はりき彌さん。思い込んだら一直線のかつらは自己主張が強く、芝居をぐいぐい引っ張っていく立女形の役柄なので、普段脇役でおとなしく舞台を勤めておられるりき彌さんにとって、そのエネルギーを振り絞るだけでも大変だったのではないでしょうか。
 妹たちと言い争っている場面はかなりがんばって演じておられたようですが、頼家と2人だけのシーンになると力の入り具合が弱くなったような気がしました。
 
 2、「双蝶々曲輪日記」より「引窓」が上演されました。「引窓」は上方歌舞伎会でもちょくちょくお目にかかる作品ですが、今回は扇乃丞さんが老母・お幸の役をされたことで、上方歌舞伎会でも世代交代なのかと驚きました。
 南与兵衛の片岡松次郎さん、女房お早の上村純弥さん、濡髪長五郎の片岡當吉郎さんの3人が「引窓」の芝居をちゃんと作り上げていたので、世代交代だなぁと強く感じさせられたのかもしれません。
 上方歌舞伎会も数年前ベテランの方々が卒業されて、ちょっと手薄になったなぁと感じる公演もあったのですが、上方歌舞伎塾の1期生あたりが随分その穴を埋められるようになってきているので、あの役者さんがこんな役もできるようになったんだとその成長を楽しませてもらえるようになってきました。今後の公演が楽しみです。

 3、「京人形」左甚五郎が自分が作った花魁人形を見ながらに酒を飲んでいたところ、人形が動き出します。ただし甚五郎と同じ振りをするので、試しに花魁の鏡を懐に入れると、人間の女のようなしなやかな仕草になって踊りだすという話です。上方歌舞伎会でも過去に上演されたことがあります。
 人形の箱が開くと、その美しさからジワが湧きました。人形役をやっている役者にとってジワが来ると言うのは喜びだろうなと、私のような素人は思うのですが、実のところプレッシャー以外の何物でもないかもしれません。
 綺麗な花魁姿ではあるのですが、心は左甚五郎のままであり、人形なので動きもぎこちない、そのアンバランスさが笑いを呼び、鏡を胸元に入れた途端、妖艶な踊りになる。この京人形の役は片岡千次郎さん、メリハリのある踊りをなさっていたのではないでしょうか。
 左甚五郎は中村鴈祥さん。名人左甚五郎というには、まだちょっと可愛かったかな?

  

2009年3月25日 (水)

二月花形歌舞伎

観劇日時…2009年2月8日
劇場…大阪松竹座

 二月花形歌舞伎の昼の部を見てきました。
演目は
一、歌舞伎十八番の内 毛抜
二、鷺娘
三、女殺油地獄

 "毛抜"はとにかくこれだけ若いメンバーが揃うと、朝一番派手に顔見せが出来る演目として最適な演目だったと思いました。
 主役の粂寺弾正役に中村獅童さん。たぶん私としては獅童さんを見るのは初めてだと思います。背が高く、化粧栄えがしてやはり歌舞伎役者の血を引いておられるなと思いました。ただ私が拝見した8日の時点で獅童さんの声がかすれていたのが残念でした。そしてまだまだ歌舞伎十八番の"毛抜"という芝居を引っ張っていけるほどの力があるとは言えないなと思いました。
 獅童さんは舞台の仕事だけに集中できるわけではなく、映像の仕事と両立させなければならないというハンディがありますが、将来骨太な武将役などがぴったりな役者さんに成長されることを楽しみにしたいと思います。

 "鷺娘"は中村七之助さんでした。七之助さんの憂いのある風情がこの舞踊にぴったりだなと拝見いたしました。大御所の役者さんが踊られる鷺娘はすでに成熟した色気があるのですが、七之助さんのは若さゆえの危うさ(踊りがではなく)で娘の精神が徐々に恋によって狂わされていく感じが分かり易く表現できていたのではないでしょうか。

 "女殺油地獄"、お吉役の市川亀治郎さんが今まで私が見てきたお吉の中で一番色っぽかったのではないでしょうか。
 着物の着付けも襟元をゆったりとさせており、与兵衛の着替えを手伝ったことで夫・七左衛門から叱責を受けて当然という気がしました。
 河内屋与兵衛役の片岡愛之助さんは、ラストの殺しの場に向かって悪い方へ悪い方へと自分を追い込んでいく与兵衛の姿を丁寧に演じておられたように思いました。
 そして最大の見せ場である殺しのシーンの迫力。伝説となっている孝夫さんと徳三郎さんの舞台もこんな感じだったのではないだろうかと思わせてもらいました。

 大変おもしろかった二月花形歌舞伎、これが松竹座毎年恒例の興行になってくれたらと願うばかりです。

2008年9月13日 (土)

第十八回 上方歌舞伎会

観劇日…2008年8月20日
劇場…国立文楽劇場

今年の上方歌舞伎会は、国立文楽劇場を平日にしか押さえられなかったため、仕事帰りに行ったので全部見られなかったことをご了承ください。

 「本朝廿四孝 奥庭」

 許婚武田勝頼が狙われていることを知り、勝頼のことを思って八重垣姫が祈ると、法性の兜に諏訪大明神の力が宿り、姫は狐火に守られながら諏訪湖を渡っていくというストーリーの舞踊。
八重垣姫は前半赤い振袖の衣装を着て人形振りで、後半狐の霊力が備わったときには赤い衣装を引き抜いて白の振袖の衣装になり人間の姿で踊るという趣向になっていました。
 公演後の指導者挨拶の中で、この人形振りは文楽人形遣い吉田文雀さんの指導をいただき、狐の人形も文楽の物を借りたとのことでした。

 八重垣姫を演じたのは、中村扇乃丞さん。上方歌舞伎会では毎回難しい役に挑戦されておられます。今回は人形振りということで、人形遣い役の人たちとの連携など、自分の踊りだけではなく気遣うことが多く、大変だったのではないでしょうか。
 
 「仮名手本忠臣蔵 七段目」

 あの有名な一力茶屋の場の大星由良之助といえば、座頭役者が演じる役で、芝居の上手い下手だけではなく、大名の家老職という風格や腹の太さが求められます。歌舞伎役者を生業にしている人たちでも演じることができる人は限られています。その大星由良之助役を演じたのは片岡佑次郎君でした。

 佑次郎君にとって、たぶんせりふを覚えるだけでも大変だったはず。芸暦9年。どう背伸びしても無理なお役、よくがんばりましたとしか言えませんが、きっと30年後にはこの経験が芸の肥やしとなってくれることを願うだけです。

 平右衛門役は片岡千志郎君。こちらも七段目の芝居を支える役なのですが、役的に千志郎君の持ち味に近いため、その役に奮闘する姿が平右衛門の必死の姿に重なって、好印象となりました。

 お軽役は當史弥君。たぶん上方歌舞伎会という勉強会でもこれほど重い役をするのは初めてかなと思うのですが、こちらも教えられたとおりこなすのが精一杯で、まだまだ余裕とか華やかさとかには、程遠い感じでした。まぁ、當史弥君もよくがんばりましたというところでしょうか。

 九太夫役の中村鴈大君。若いので精一杯の老人メイクだったのですが、ちょっと皺の色が濃すぎたかも。でも三枚目な感じもあり、なかなかよかったのではないでしょうか。

 指導者挨拶で片岡仁左衛門さんが教えるのに苦労したと仰ってましたが、さもありなんと共感いたしました。 
 上方歌舞伎会のメンバーにとってもう二度と舞台で演じることができないお役かもしれませんが、厳しい指導がいただけるのも期待されているからだと思って今後も精進していかれることを願うばかりです。

2008年8月 5日 (火)

関西・歌舞伎を愛する会第十七回 七月大歌舞伎

観劇日…2008年7月26日
劇場…大阪松竹座

  昼の部を見てきました。

1、「春調娘七種」…曾我兄弟の話を元にした舞踊でした。尾上松緑・菊之助・片岡孝太郎の3人が出演していました。
  踊りに関しては、よく分からないのですが、20年後の歌舞伎界を支える中心メンバーになるであろうこの3人の踊りを見ることができてよかったなと思いました。

2、「木村長門守」・・・大阪冬の陣を終了させるため、徳川家康の元に豊臣秀頼の名代として和議の神文を受け取りにやってきた木村長門守の姿を描いた作品。片岡十二集。
 徳川家康の陣屋が舞台なので、登場人物(主役・脇役を含め)30人以上が鎧姿の男性という堅苦しいものでした。
家康に弱みを見せてはならないと肩肘はる木村長門守と、狡猾な家康の丁々発止のやりとりが見所になるのですが、家康役をされる左團次さんの強く押すところ・とぼけて見せるところの絶妙な間合いが楽しく拝見できました。

3、「伽羅先代萩」…通しの形としては今まで猿之助劇団でしか見たことがない作品でした。坂田藤十郎・片岡仁左衛門・尾上菊五郎という名実ともに拮抗した3人の役者さんたちが揃うという贅沢な出来でした。
 その中でも、八汐と仁木弾正の2役を演じられた仁左衛門さんの奮闘が素晴らしかったです。
 最近女形をなさることが滅多にない仁左衛門さんの八汐が舞台に登場してきたときは、この芝居を見に来てめっちゃお得やったなぁと内心思いました。
 若君を亡き者とするため差し上げた毒饅頭を食べた千松を、悪事を隠匿するため脇差で刺し殺す時の憎々しげなところや、奥の部屋に引っ込むときの不敵な笑いなど、立ち役が演じる八汐の手ごわさがありました。

 そしてもう一役の仁木弾正ですが、手燭を前後に配しての花道の引っ込みのとき、すっぽんから現れた仁左衛門さんの横顔は錦絵そのままの感じで、古怪というか江戸の面影を見たというか、そんな思いがしました。(猿之助さんはこの場面、宙乗りでなさっていたので、堂々とはしていたけれどあまり古怪なイメージがなかったように記憶しています。)
 
 評定所の場面では、仁木の仁左衛門さん、細川候の菊五郎さん共に口跡がすばらしい役者さんなので、丁々発止のやり取りに迫力があり、最後の立ち回りの仁左衛門さんの奮闘といい、長時間の大活躍に久々に大満足の観劇となりました。

 ただ仁左衛門さんを初めとする人間国宝の役者さんたちの大奮闘は観客にとってありがたいのですが、元々夏芝居といえば若手が大活躍すべき場所。大幹部の皆様には夏場は余裕でゆったりとお仕事していただいて、若手の大奮闘してる姿を見たいなと思いました。

 今回昼の部の演目はすべて季節が冬ということと、1番最初に孝太郎が出てきて後、先代萩の御殿の場で奥女中が出てくるまで、男しか舞台にいないというアンバランスな演目の組み合わせが気になりました。