2011年9月 3日 (土)

長町女腹切

観劇日…2011年6月19日
劇場…国立文楽劇場小ホール

 南条好輝の近松世話物二十四番勝負・その二十三

 京都の刀屋職人・半七は遊女のお花と深い仲で、お花の年季が明けたら夫婦約束をしていた。しかし強欲な義父と抱え主の主人から、金二十両で年季を延ばすよう迫られていた。
 それを知った半七は叔母から預かった刀を売り払って二十両を作る。
 叔母には偽物の刀を渡していた。叔母はそれに気付かず、刀を武士のお屋敷に納めていた。
 お花と共に、京都から逃げて来た半七が叔母の家にやって来た時、お屋敷より呼び出されていた叔父が刀が偽物だったことで叱責されて帰って来る。
 叔母は三代に渡って祟るという刀の因縁が半七に悪心を起こさせたとして、全ての責任を被って腹を切る。

ショッキングな題名のこの近松作品は二つの心中事件から作られたそうです。
一つは京都の半七お花の心中、もう一つは大坂長町の女の腹切りです。
大阪に住む観客にとっては、町人の女が腹切りに及んだことがショッキングな話題となっていたはずです。その事件のきっかけとして、京都の心中を利用したといえるでしょう。

 本当にあったニュース性の高い作品だったので、現代でも面白く聞くことが出来ました。ただ残念ながら最近では舞台化されていないとのこと、半七お花には若手役者を叔母には実力がある女形さんがなされば、見応のある芝居になるのではないでしょうか。

2011年7月15日 (金)

鳥瞰図

観劇日…2011年5月28日
劇場…兵庫県立芸術文化センター阪急中ホール

 千葉のとある船宿が舞台になっていました。そこは、地元の人たちのたまり場になっていました。
船宿には、おばあちゃんと漁師の息子が住んでいて、そこに孫娘が突然転がりこんでくることで、この家族が抱えている問題が炙り出されていきます。

 おばあちゃんは昔子供2人連れて、この船宿に嫁いできたのでした。娘は高校を卒業して家を出て、おばあちゃんたちとは疎遠になっていました。その娘が4ヵ月前に交通事故で亡くなってしまい、娘の旦那さんが女の人と暮らし始めたので孫娘は居場所が無くなって、おばあちゃんの所に来たのでした。

 長い間離れて暮らしていた娘の突然の死で心のなかでは悲しんでいるものの、表面上は普段通り明るく振る舞っているおばあちゃんの役を渡辺美佐子さんが演じられたのですが、舞台に立っている全員を家族のように包んでいる感じがして、芝居を見ていくうちに、その存在感がだんだん大きくなっていきました。
 息子は現在は独身ですが、かつて妻だった人が末期ガンと知って、皆にはパチンコに行くとごまかして病院に通っているという人間でした。不器用な生き方しかできない息子の役を演じたのは入江雅人さんでした。今まで、テレビドラマでしか拝見したことがなく、演技の幅も舞台サイズではない感じでしたが、それがぶっきらぼうな男の感じに上手く変換されていたように見えました。

 船宿に集まる人たちは、なかなか手練れのメンバーが揃っていて、楽しめました。

 東日本大震災で、鳥瞰図の舞台となった千葉の沿岸部が液状化現象で被害を受けたことを知った上でこの芝居を見ていたので、鳥の楽園だった干潟が埋め立てられてしまったことが、何度も語られるうちに、大震災後この船宿はどうなってしまったんだろう。その後の鳥瞰図が見てみたいなと思いました。

2011年7月 3日 (日)

紅姉妹

観劇日…2011年5月1日
劇場…シアター・ドラマシティ

  紅やの看板のあるレトロなバーに和服姿の老女が現れ、箱から最後の1本になった酒を取り出し、写真を相手に飲み始める。
暗転、時は遡り、新世紀の花火大会から、紅やに二人の女・ベニィとジュンが戻って来る。
ベニィは花火の爆発音を聞くと戦争時代の爆撃を思い出してしまうのだった。
そんな話をしているところにミミィがやって来る。今暮らしている旦那と別れて紅やに戻ってきたいというのだった。

こうして10年づつ時が遡って行くことで、この3人の半世紀の人生が明らかになっていきます。
 まず驚いたのが、舞台が日本ではなかったことでした。
最初ミミィ役の篠井さんが和服姿だったことと日本語の看板で、私は日本だと勝手に思い込んでしまいました。
 ところが、次のべニィとジュンの話から、どうも日本ではなくアメリカの話なのだと分かっていきました。

 次にベニィが男だったこと、今まで3軒茶屋婦人会の芝居は3人の男性が3人の女性の生き様を演じてきたので、まさかゲイが混じってるとは思いませんでした。

 このようにどんどんこの3人だけの秘密が明かされていく面白さがありました。
 もしこれが戦後から始まるストーリーだったら、商業演劇にありがちな女の一生物の芝居になっていたと思いました。

 今回は3軒茶屋婦人会の男性3人で上演されましたが、反対に宝塚OGで上演しても、面白い作品に仕上がるのではと思いました。

2011年5月22日 (日)

薩摩歌

観劇日…2011年3月19日
劇場…国立文楽劇場小劇場

 南条好輝の近松世話物二十四番勝負 その二十二

 薩摩歌という作品も、名前は聞いたことがあるけど、どんな内容かあまり知られていないので、今回もへぇぇぇと思いながら拝見しました。
 薩摩歌には2組のカップルが出てきます。

 主人公の源五兵衛は薩摩で僧の修行中におまんという娘と2年の間隠れて付き合っているのが見つかって、国を追い出されてしまう。そして江戸などの武家屋敷で中間奉公などを転々としながら、京に流れてきていた。

 奉公し始めたばかりの屋敷で夜回りをしていたのだが、間違えて姉娘小万の部屋の前に来てしまう。小万に見つかってしまった源五兵衛は問いただされただけでなく、蚊帳の中に誘い込まれてしまう。

 その気配を察した奥女中の林が源五兵衛を引っ張りだして、斬りかかる。なぜ小万が源五兵衛を誘い込んだかといえば、林の正体を暴くためだった。林は実は死んだと言われていた小万の許婚・三五兵衛だったのだ。

 三五兵衛は父の仇を討つために女の姿となって小万の側に身を潜めていた。でも小万は林が女ではないと見破っていた。
 小万もまたお蘭を身代わりにして源五兵衛を誘い込んだと明かす。

 源五兵衛は小万の部屋に忍び込んだことで職を解かれ、薩摩に帰る。そして恋人のおまんの家に事助という名前で雇われる。
 おまんの実母の命日なのに、継母は供養してくれることもなく、勝手におまんの結納を受けることを決めてしまう。父親に訴えるが、気弱な父親は継母の言いなりだった。
 継母の留守に諸国行脚の尼が通りかかったので、実母の回向に経を読んでもらうために、家に上げる。

 この尼は、京の武家屋敷で小万に仕えていたお蘭で、源五兵衛が小万に誘われたときに、小万の代わりに源五兵衛の相手をしていたのだ。それに気がついたおまんは源五兵衛と喧嘩になる。
 そこに継母が戻ってきて、事助が源五兵衛であることを知ったために、源五兵衛は坊の津へと帰されてしまう。

 源五兵衛が居なくなったことを嘆くおまんを哀れに思ったお蘭は、おまんの家出の手助けをする。

 源五兵衛の跡を追って坊の津にやってくるおまん。そこに継母もおまんを連れ戻しに追いかけてくる。
 源五兵衛は継母を斬りつけ、止に入ったおまんまでも誤って斬ってしまう。そして源五兵衛は、その場で腹を切る。

 そこへ仇討を済ませた三五兵衛と小万が駆けつける。おまんの結納は、三五兵衛が源五兵衛とおまんを結ばせようとしていたのだった。
 (劇場で配られたしおりを参考にさせてもらいました)

 今まで、何回か近松世話物二十四番勝負で近松物を聞いたり、歌舞伎や文楽で見たりしてきたものの中で、一番下ネタ満載だったのに、近松でさえ、このような作品を作ることもあったのだと少し驚いてしまいました。

 三五兵衛は敵討ちまでの間とはいえ、女の姿で許婚の小万の奥女中として仕えていて、それも小万からは男だと見破られており、そんな事をしていたら、敵さえ見つけられないではないかと朗読を聞きながら心のなかで突っ込んでました。
 この感想を書くために、薩摩歌の論文を少し当たってみたのですが、その中で"僅かな歌謡又は西鶴の「恋の山源五兵衛物語」によってイメージを得、近松独自の世界を想像した"とありました。
 西鶴の「恋の山源五兵衛物語」とは、衆道ひとすじの源五兵衛は自分が惚れた美少年が2人も亡くなったことに世を儚む。そんな源五兵衛に惚れたおまんは若衆姿になって源五兵衛に近づき、途中苦労するものの最後にはハッピーエンドになるというもの。
 近松は西鶴の源五兵衛物語を三五兵衛と小万にパロディ化したと思われ、だから三五兵衛が似合わない女の姿で現れることで観客は西鶴の「恋の山源五兵衛物語」を思い出していたのかもしれません。

 本筋の源五兵衛に関しては当時の流行歌が残っているだけで、詳細が記録に残されていないようなので西鶴にとっても近松にとっても、創作の土台にしやすかったのでしょうか。曽根崎心中が大ヒットした後、引き続き心中物を創作するネタに源五兵衛の歌謡を取り上げたのかとも思えました。

 現在「薩摩歌」の上演は絶えたとしても、「五大力恋緘」「盟三五大切」などの人気作に役名が引き継がれていく作品を聞くことができ、興味深かったです。

2011年4月29日 (金)

通し狂言 彦山権現誓助剱

観劇日…2011年2月12日
劇場…大阪松竹座

  67年ぶりの関西での通し公演とのことでした。
 毛谷村六助住居の場では女武丈夫のお園にスポットライトが当たることが多く、そんな芝居だと思っていました。 

 発端は長門国で武道指南役の吉岡一味斎が家老の前で京極内匠と木刀で立ち会い勝利します。それを逆恨みした京極は鉄砲で一味斎を殺し出奔します。仇討ちの赦免状を得たお園たちは京極の後を追います。

 山城国眞葛ヶ原に夫弥三郎・息子弥三松と共に暮らしていたお菊のところに京極が現れます。そして弥三郎・お菊を騙して、松原に誘い出し、この二人を殺してしまいます。残された弥三松は若党の佐五平に伴われて、豊前国に向かいます。

 一味斎の弟子・六助は豊前国で百姓をしていました。そこに微塵弾正という男が現れ、年老いた母親の為に仕官したいので御前試合で六助に負けてくれと頼みます。その気持を汲んで六助は負けてやりますが、実は微塵弾正は京極であり、母親も百姓女で、その秘密を守るために百姓女は殺されてしまいます。

 また若党の佐五平も京極に斬られ、弥三松を六助に預けます。そして有名な毛谷村六助住家の段へと繋がっていきます。

 こうして通しで見られると、何故お園が虚無僧の格好していたのかなど納得できました。狡猾な京極の目を逃れて、仇討のために諸国を巡るためには、変装せざるを得なかったということでしょう。

 敵役の京極は、目的の為なら人を騙すのも殺すのも平気な男、結構この設定が面白くて、67年も通しで公演が無かったのが勿体無いと思いました。

 主役の六助が後半にしか出てこないので、仁左衛門さんが出てきはったときには、心のなかで「これがほんまの待ってましたやで」と思いました。百姓なのに剣の達人でさっぱりとした気質のいい男。こんなにおいしい役は歌舞伎でも滅多に無いのではと思えました。

 テレビのバラエティーで、チラッとお顔をみるだけだった松也さんの女形を見ることができたのも、収穫だったと思いました。歳はお若いのに、なかなかこなれた感じで印象に残りました。

2011年3月 5日 (土)

花たち女たち

観劇日…2010年11月21日
劇場…ABCホール

 有吉佐和子原作の「芝桜」とその続編「木瓜の花」を脚色した作品でした。
 東京の花柳界で戦前~戦後を生き抜いた正子と蔦代。この二人をベテランの植本潤と八代進一が演じた夢たちチーム、堀越涼と谷山知宏で演じた恋たちチームの完全ダブルキャストとなっていました。

 私が見たのは夢たちチーム。正子が植本さん、蔦代が八代さんだったので何の心配もなく見られましたが、30年近い年月のエピソードが駆け足で過ぎていく感じがして、同じ作者の作った「和宮様御留」で感動した経験からすると、ちょっと肩透かしの感じが残ってしまいました。それというのも30年ほど前、有吉佐和子さんの芸道物にはまって、「芝桜」も熱心に読み返していたので余計物足りなさを感じてしまったのかもしれません。
 「木瓜の花」の方は読んだことがなかったので、蔦代と母親、そして若い恋人との関係や蔦代がやり手の社長になっていたことなど面白かったです。

 心残りなのは、花組芝居ファンなら若手の恋たちチームも見るべきだったなぁと、夢たちチームの正子と蔦代は安定しているけれども、前半半玉時代がぼちぼちきつくなってきているように見えたからです。若手たちが演じる前半を見て、ベテランの後半見るのが正解だったような気がして反省しきりでした。

2011年1月10日 (月)

心中重井筒

観劇日…2010年11月13日
劇場…国立文楽劇場

南条好輝の近松世話物二十四番勝負 其の二十一

 紺屋の入り婿・徳兵衛は元は色茶屋の主人の弟。家業をほったらかして実家の色茶屋の遊女お房の元に入り浸っている。
 徳兵衛は女房・お辰が留守にしているのを良いことにして、口入れ屋から女を一人雇ってお辰の振りをさせ、自分の判子とお辰の判子を使って金貸しから金を借り出かけてしまう。そこへ戻って来たお辰自分の判子まで使われたのに気づき情けない思いをする。そこへご隠居がやって来る。金貸しが若夫婦が金を借りたことで心配になって御注進したのだった。
 徳兵衛の態度に情けない思いをしていたお辰だったが、父親から非難されても、徳兵衛をかばう。ご隠居が帰った後、徳兵衛が戻って来る。お辰に意見されて、ご隠居の元へ謝りに出かけるが、やはり女郎の身が案じられて足は色茶屋に向いてしまったのだった。

 心中重井筒は近松の初期作品と言うことで、シンプルな作りで、前回の博多小女郎の時のような無理な展開ではありませんでした。ですから心中していく男女の立場に素直に直な気持ちで聞くことができました。

 この心中のきっかけは釣り合わぬは不縁の元ということでしょう。紺屋のご隠居は1文の銭さえも始末して家業第一に生きて来た人間、娘のお辰や店の奉公人もその気質を受け継いでいるのですから、水商売の家から婿入りしてきた徳兵衛とは金銭感覚が水と油のように違っていて当然です。 
 お辰も徳兵衛が二人目の婿という引け目もあったのかもしれませんが、昼間はグータラして夜になると実家へ戻って行く徳兵衛を婿に選んだところから、心中は始まっていたんだなと感じました。

 徳兵衛が金を工面しなければならなかったのは、お房の実家の親が騙されて二度売り(遊女屋に売った娘を別の店に売ること)の証文に判を押してしまったため。お房自身は子供の頃に井筒屋に売られてきてはいたのですが、家族同様に育てられ家の鍵を預かるほど信頼されていたという設定で、とすると徳兵衛とも幼なじみであり、「伊勢物語」の「筒井筒、井筒にかけし まろがたけ・・・」の有名な歌の通り初恋であったことも暗に示されています。

 家を継げない次男と遊女の恋、これが江戸時代の庶民の琴線に触れたのでしょうか。
 現在は舞台であまり見かけることができないですが、なかなか良い作品だと思いました。

2011年1月 8日 (土)

イリアス

観劇日…2010年10月2日
劇場…兵庫県立芸術文化センター阪急中ホール

 ギリシア最古の英雄叙事詩「イリアス」
 舞台は、ギリシアとトロイアの10年戦争の末期、かの有名なトロイアの木馬の事件が起こる前までの出来事を描いていました。

 ギリシアとトロイアが10年もの間戦うことになったのは、イーリオスの王プリアモスの王子・パリスに奪われたヘレネーを取り返すため、ヘレネーの夫メネラーオスがイーリオスに攻めたことがきっかけだった。
 しかし何度攻めてもイーリオスは難攻不落を誇り、ヘレネーを取り返せなかった。
 メネラーオスの兄でギリシア連合軍の総大将アガメムノンは手柄は全て独り占めし、失敗は他人のせいにするような男で、その態度に腹を据えかねたアキレウスはギリシア軍から離れて戦うことを止めてしまう。

 アキレウスは勇猛果敢な男として、敵からも恐れられていた。アキレウスが離れたギリシア軍はだんだん旗色が悪くなり、苦戦し始める。
 アキレウスはギリシア軍に戻って戦うように頼まれるが断ってしまう。それを知ってアキレウスの盟友バトロクロスはアキレウスの名を惜しみ、アキレウスの鎧を借りて出陣する。

 バトロクロスはアキレウスに深追いするなとアドバイスを貰っていたが、夢中で戦ううちにその言葉を忘れてしまい敵の陣地でヘクトールに討たれしまう。

 バトロクロスの死を知ったアキレウスは、仇を討つために出陣する。そしてヘクトールと一騎討ちをして、ヘクトールを倒す。
 アキレウスは戦車にヘクトールの遺体をつなげて引きずり回す。

 その姿を悲しんだヘクトールの父プリアモスは直接アキレウスに頼んでヘクトールの遺体を引き取り葬儀を執り行う。
 (あらすじはウィキペディアを参照させてもらいました)

 トロイアと言えば、トロイアの木馬しか知らない状態でこの芝居を見ました。一番驚いたことは、女性が戦利品としてやり取りされていたことでした。10年も取り返せない女を巡って戦争してるなんて、男のメンツでしかないのですから、こんな戦いに付き合わされている兵士は大変だなぁと思ってしまいました。その上、手柄は全部自分の物にしてしまう男が総大将というのも不運としか言いようが無いではありませんか。

 アガメムノン役を演じていた木場勝己さんを見ていると、日本でも中小企業の社長なんかに、手柄を全部自分の物にしてしまうこんなオヤジいそうやなと感じました。

 途中まではこんなわがままなオヤジに反旗を翻したアキレウスに当然のことやと同感して見てたんですが、後半アキレウスとバトロクロスの関係がBL風な演出に移行していくのに、それで良いのか?と感じました。
 確かにバトロクロスは弟分の盟友かもしれないですが、私としては自分の身代わりが殺されたことで、仇を取ることはもちろんですが、アキレウス自身のメンツを守るために戦ったのではないかと思えたからです。

 最後にヘクトルの死骸を引き取りに来たプリアモスを演じた平幹二朗さんの情愛深く大きな演技力が、この芝居をきっちりと終わらせたことに、さすがと感心しました。

2010年10月24日 (日)

第二十回上方歌舞伎会

日時・・・2010年8月22日
劇場・・・国立文楽劇場

簡単に感想を。

  1、寿曽我対面

 工藤左衛門祐経の役を片岡松次郎さんがやっていたことにまず驚きました。祐経といえば、座頭級の役者さんが貫禄で演じられたりするのですが、松次郎さんもこんなお役をされるようになったのだなぁと思いました。

 曽我五郎時到は片岡千次郎さん、気力充分と見えました。曽我十郎祐成は片岡仁三郎さん、この芝居の主要メンバーの中では芸暦が長い分十郎として血気盛んな五郎を上手く押さえているように感じました。

 2、戻駕色相肩

 駕籠かきの二人が実は石川五右衛門と真柴久吉だったという踊りで、この駕籠に乗っていたのが禿。男二人と女の子の三人の踊りです。
 だいたい駕籠かきが五右衛門と真柴久吉だという趣向なので洒落っぽく踊るべきものなのでしょうが、残念ながらそこまでこなれてなかったように見えました。
 
 3、菅原伝授手習鑑・寺子屋 寺入りより

 上方歌舞伎会を今回で卒業する片岡松之助さんが、松王丸を演じました。
 松之助さんの松王丸はかなりドスが利いていたので、あの様式的な衣装と釣り合わない感じがしました。
  たぶん一生に一度かもしれない松王丸の衣装ですが、松之助さんのニンから言えば、牛飼いの衣装の方が良かったかもしれません。

 武部源蔵と戸浪は片岡千志郎さんと千壽郎さん。真面目な人柄そのままな源蔵と戸浪だったと思いました。
 中村扇乃丞さんの松王丸女房千代は、情愛の深さに味が出て来たのではないでしょうか。
 坂東竹朗さんの涎くりは、どこのクラスにでもいるような悪ガキっぽくて、寺子屋の子供達をうまく引っ張っていた感じがしました。涎くりが何かするたびに、子供達がニコニコと楽しそうで、見ているこちら側も微笑ましくてよかったです。

2010年9月19日 (日)

関西・歌舞伎を愛する会結成三十周年記念 七月大歌舞伎

昼の部を見ました。
1、妹背山婦女庭訓・三笠山御殿

 求女が段治郎さん、橘姫が春猿さん。この2人が幕開きに舞台に立つと華やかでした。私としては最近二十一世紀歌舞伎組の皆さんを見るのが久しぶりだったので、やっぱりこの2人は絵になるなぁと感じました。

 お三輪は孝太郎さん。恋人だったはずの求女が橘姫の元へ去ってしまっただけでも辛いのに、求女を捜してやってきた御殿で官女たちにいびられて、疑着の相が現れると鱶七に殺されてしまうという不幸な女の子の役でした。
 健気な役がぴったりな孝太郎さんは安心して見ることができました。

 おもしろかったのはいじめの官女で、普段立役をなさってるおじさまたちが、おすべらかしの官女で出てこられたのが珍しく、めっちゃドスの効いた官女やらいじわるな官女やらが、手の挙げ方足の出し方まで一々文句をつけるのが迫力があって、楽しめました。

 ただ、4月に文楽で妹背山婦女庭訓の通しを見ていただけに、この重たい段を朝一に持ってくるのはどうなんだろうと疑問が湧きました。御殿で見た目華やかで若手もそれなりに裁けるという理由で選ばれたのだとしたら、妹背山婦女庭訓という作品に対して失礼かなと感じました。

2、大原女・国入奴

 中村翫雀さんが踊られました。まずおたふくの面をつけてちょっとポッチャリした姿で、その後衣装を脱いで奴姿になられました。7月のこの暑い季節に、衣装2種類を着込んで軽やかに踊られるって、たいへんやなと思いました。

3、元禄忠臣蔵・御浜御殿綱豊卿

 ここで書いていて、昼の部は御殿が2つ並んだんだなと気が付きました。
 徳川綱吉時代、綱吉に子供がいないために次の将軍候補として紀州の吉宗と競っていた綱豊と、当時世間を騒がせていた赤穂浪士の一人富森助右衛門との討論が芝居の中心になります。

 助右衛門の妹が綱豊の愛妾だったので、助右衛門は一目吉良上野介を見ようと御浜御殿にやってきます。そこで助右衛門は綱豊が酒を飲んでくつろいでいる席に呼ばれます。そして大石内蔵助が京都で遊興に耽っているのは、吉良上野介を仇討ちするのではないかと期待する世間の目を誤魔化す為なのかと綱豊は助右衛門を問い詰めます。
 反対に助右衛門は、綱豊が御浜御殿で遊びほうけているのは、将軍の座を狙ってるように見られたくないからではないのかと言います。

 そうこうするうちに夜になり御浜御殿では能の舞台が始まります。助右衛門は綱豊を吉良上野介と間違って槍を突き出すのですが、綱豊に振り払われ説経されるのでした。

 綱豊と助右衛門の討論を拝見していて、セリフ量の多さに圧倒されました。
 昔見たときにはそれほどとも思わなかったのですが、仁左衛門さんの年齢を思うと、膨大なセリフを緊張感を持ったまましゃべり続けられたのに脱帽しました。
 助右衛門、昔見たときは中村富十郎さんだったのですが、富十郎さんの力強く流麗な活舌は聞く者に有無をも言わせぬ迫力で迫ってきますが、今回の染五郎さんの助右衛門は若さでぶつかってくる感じで、こっちの助右衛門の方がらしくていいなぁと感じました。