2014年6月26日 (木)

松竹大歌舞伎(平成二十六年度全国公立文化施設協会主催中央コース)

観劇日…2014年6月20日 劇場…八尾プリズムホール

 我が街の公共ホールに市川猿之助さん・市川中車さんの襲名披露公演がやってくる。その上、歌舞伎常設劇場の半額となれば行かない理由はありません。久々にチケットを抑えるのに苦労しました。

 演目は太閤三番叟・襲名披露口上・一本刀土俵入りの3本でした。

 太閤三番叟は、豊臣秀吉・北政所・淀の方の3人が三番叟を踊る設定で、背景は大阪城の絵が書かれていて大阪らしくていいなぁという感じでした(ただし今回の巡業で大阪で上演されるのは八尾と岸和田だけであとは全国各地だったのですが)。長唄さんも録音じゃなく生演奏で贅沢な気分になりました。  北政所には笑也さん、淀の方には笑三郎さんと猿之助一座を代表する女形二人をまず最初に。その後豊臣秀吉が出てくるんですがキビキビとしていて力強さもあり、最後に黒装束の男たちとの殺陣もあって、三代猿之助四十八撰らしい三番叟でした。

 口上の前に、今回の襲名披露公演で福山雅治から贈られた引幕が引かれました。これは松竹座での披露公演でも拝見しましたが、この旅公演にも帯同させてたんですね。  さて口上は、片岡秀太郎さんが詳しく澤瀉屋についてお話され、今回出番は口上だけなのでその分力を込めておられたようでした。  ひと通り口上が済んだ後、猿之助さんが友人の青木崇高さんにメールして八尾について聞いたところ、仏壇とヤンキーの町との答えが返ってきたと笑いをとっておられました。

 一本刀土俵入り。取手の我孫子屋のお蔦役は猿之助さん。お蔦は店の前で起きている喧嘩沙汰やたまたま通りかかった駒形茂兵衛が因縁を付けられる様子などを2階の窓の縁に腰掛けて、お酒を飲みながら眺めているのですが、酔っていく様が上手くて、どこかお酒の香りが漂ってきそうな感じがしました。茂兵衛に同情もしていたでしょうが、酔っ払ってるから気が大きくなって有り金に櫛笄付けて、茂兵衛にやってしまったんだなと思いました。    後半のお蔦は、音沙汰のない夫を待ちながら、娘と二人、内職をしながら貧しい暮らしをしていたため、全く化粧っ気の無い地味な女になっていました。元水商売の女にも見えないほどの変貌ぶりでした。

 駒形茂兵衛役は市川中車さん。前回松竹座で拝見した古典物ではセリフが危うくて、ちょっと大変やなと思ったのですが、長谷川伸の昭和初期の作品でしたので安心して見ることができました。  亡くなった母の墓前で横綱土俵入りを見せたいという泣ける芝居、お蔦からもらったお金で食べることができたのでチンピラ相手に喧嘩をして強いところを見せ、10年後渡世人になった時にはきりっとした男らしい姿に。

 この芝居を見ながら思ったのですが、第1幕と最終幕の10年の間に、お蔦はどうやって水商売から足を洗うことができたのだろうか。そしてどうやって茂兵衛はやくざの世界に身を置くことになったのか。ただお蔦と茂兵衛の立場が完全に逆転してしまったという設定を見せたかったのかもしれませんし、昭和初期の古典からの過渡期の作品なので、あまり深く考えなくてもいいのかもしれませんが、猿之助さん中車さんという芝居がうまい二人で拝見していると、ついそんなことが気になってしまいました。

 駒形茂兵衛が我孫子屋のことを尋ねる船大工役に坂東竹三郎さんと市川寿猿さん。竹三郎さんが男で関西弁じゃないという珍しい役を、寿猿さんも久しぶりにお元気な姿を拝見できました。  旅公演なので、その他大勢の役の人たちがちょっと弱いように感じられたこと、プリズムホールの大ホールは基本コンサート向けなので2階席ということもあり、声が割れて聞こえるのが残念でした。  舞台の寸法は歌舞伎にピッタリなのに、回り舞台が無いのも残念でした。  

2013年5月 6日 (月)

モジョミキボー

観劇日…2013年2月17日
劇場…インディペンデントシアター1st

 舞台は1970年の北アイルランド。当時、北アイルランドではプロテスタント系とカトリック系の住民の抗争が続いていた。そんな時代に育ったモジョとミキボー。
 
 一人で町を探検していたモジョは、空き地で一人ヘディングしていたミキボーと出会う。ミキボーはガキ大将ファックフェイスと争っていた。ミキボーの自転車をファックフェイスが盗んだと思っていたのだ。それでファックフェイスのサッカーボールを盗んで他所の家に蹴りこんでしまう。
 ファックフェイスと対立状態のミキボーはモジョを仲間に引き入れる。

 子供は土曜午前中のバットマンやスーパーマンの映画しか見られないのだが、映画館のモギリの女性と館主が浮気しているのを見つけたモジョとミキボーは、そのネタを元に「明日に向かって撃て」の映画を見ることができる。
 この映画に影響された二人は、ファックフェイスたちと決闘したり、秘密基地を作ってみたり、バスに乗って遠くの町まで冒険に出かけたりする。

 この少年たちは家庭的には恵まれず、モジョの父親は女性とダンスすることばかり考えていて、モジョはアリバイに利用されたりする。母親もそれを薄々感じているようで、いつもタバコを吸いながら、物憂げに外を眺めていた。
 ミキボーの父親はいつも居酒屋で飲んだくれていて、新たな一歩を踏み出すためにオーストラリアの親類を頼って行こうと口にするばかりで、何の行動も起こそうとはしない男だった。

 そんなある日、ミキボーの父親がいつもいる居酒屋が爆破され、父親が亡くなってしまう。この事件がきっかけでミキボーはファックフェイスの仲間となり、モジョがミキボーの自転車を盗んだと言い始める…。こうやって2人の友情は終わってしまう。

 1970年に小学生ぐらいだったモジョとミキボー。たぶん私と同じ年ぐらいだと芝居を見た後気が付きました。あのころ私たちは大阪万博が最大のイベントで、誰それは毎週行ってるとか外人さんのサインを集めてるとか、月の石を見たとかそんな話題が学校で賑やかに話されていました。そんなのんびりした子供時代を送っていた同じ時に北アイルランドでは抗争で親を亡くした子供がいたことに改めて思い知らされました。
 そんな大変な時代に生きていたのに、でもやっぱり子供で秘密基地を作ったり、喧嘩したり、そこは洋の東西を問わないんだなと知りました。

 モジョミキボーは浅野雅博さんと石橋徹郎さんの自主公演。「明日に向かって撃て」の映像も浅野さんと石橋さんが真似て、なんだか学生が文化祭用に作ったような素人臭いのが面白くも有り懐かしくも有りという感じでした。この二人でモジョミキボーを含む男女18役を演じられました。文学座に所属しておられるお二人なので、普段女役をなさることはあまり無いと思いますが、花組芝居をちょくちょく拝見してる私としては、このお二人の女役も違和感なく演じられていると思いました。
 自主公演で、演出が鵜山仁さんというのは贅沢ですよね。

 関西は東京のように小劇場向けのメジャーな劇場がありません。今回使用されたインディペンデントシアターも知る人ぞ知るという劇場で、私も初めて入ったのですが、元はビデオ店だったものを改造したもののようで駅からは近いものの、ちょっと場末な雰囲気がありました。そんな場所でも3日間満席となり、大阪にもコアな芝居好きの人がいてはるんやなと思いました。そして大阪文学座支持会の皆さんもいらっしゃっていて、文学座とファンが永年培ってきたつながりの深さが感じられました。

 
 

2013年1月 7日 (月)

こんばんは、父さん

観劇日…2012年11月23日
劇場…森ノ宮ピロティホール

 佐々木蔵之介さんが主演の舞台は、普段テレビのでは見られない役柄を佐々木さんが演じられるので、毎回楽しみにしています。
今回は借金取りから逃げ回っているホームレス役でした。
 佐々木さん以外に、父親役に平幹二朗さん、闇金の取り立て屋山田に溝端淳平さんが出演されていました。

 廃工場の破れた窓から老人が入って来る。天井から吊り下げられた縄を見上げている。その老人を追いかけて若い男が入って来る。若い男は闇金の社員で老人の担当者だった。なんとか利息だけでも払わせようとするが、上手くすり抜けようとする老人。

 山田は老人の息子の携帯番号を手に入れていた。息子はメーカーで課長をしているというのだ。業を煮やした山田は息子に電話をかけると廃工場から呼び出し音が響き、2階から息子が現れた。実はちゃんと会社勤めをしていると思われていた息子はエビ養殖投資詐欺に引っ掛かり、莫大な借金を踏み倒して逃げていたのだ。廃工場は老人がかつて経営していた町工場でバブルが弾けた後、人手に渡っていた。10年ぶりに出会った親子と闇金の取り立ての3人の会話からこの親子の歴史が明らかになっていく。

 平さん演じる元社長はしたたかな男で闇金相手に上手く立ち回っていきます。お陰で最近の闇金事情なんかも教えてもらいました。この父親は下町の工場だけでは飽きたらず第2工場を作り、コンピューターによるNC旋盤システムを導入します。また郊外にシャンデリアが輝く家を建て妻子を住まわせ、メーカーに就職が有利になるように息子を大学までストレートで行ける私学に通わせていました。

 父親は社長とはいえ下請け工場の職人上がりのコンプレックスの裏返しで、成金に成り上がった途端、ゴルフ三昧で第2工場に愛人もいるというやりたい放題。第2工場に入り浸りになってしまう。
 母親は郊外のご近所付き合いに疲れ果て、下町の工場へ差し入れを持って行ったりして生き甲斐を見つけ出していたのに、人員削減などで第1工場の人間が減らされていき、精神的に追い込まれてしまいます。失意の中亡くなってしまった母親の葬儀に昔母親に世話になった人々がたくさん集まってくれたというところに感動しました。

 そんな父母の姿を見ているのに、エビ養殖投資詐欺に引っかかった息子は、何を考えてるんだかと思ってみていました。
 ラストは父親の膨大なメモ(部品を作るための寸法を設定する方法)を見ながら、「機械を道具にして使いこなさなければならないんだ」という父の言葉に、もう一度やり直そうと目覚める息子というシーンでした。
 
 数日前に、劇団銅鑼で蒲田の町工場を舞台にした「はい、奥田製作所です。」を見ていたので、社長の違いで立ち直る工場もあれば、潰れていく工場もあるんだなと、いずれにせよ日本のものづくりを支えている町工場の危機が舞台にまで反映されていることに、日本はどうなってしまうんだろうと切なくなりました。

 大ベテラン・ベテランに挟まれて奮闘した溝端さんですが、百戦錬磨の親父達に振り回されている闇金の取り立て屋の姿と重なって、凄いプレッシャーの中で大変やったんちゃうやろかと思ってしまいました。

 

2012年6月 9日 (土)

幻蝶

観劇日…2012年4月15日
劇場…兵庫県立芸術文化センター

世界を股にかけ、珍しい蝶を捕獲しては売り捌くチョウ屋の戸塚と引きこもりで蝶を幼虫から育てて楽しむ蝶マニアの真一。
二人は幻の白いギフ蝶を求めて山に籠っていた。
二人は宿代を節約するために山小屋に勝手に入り込んでいたのだ。
白いギフ蝶(白ギフ)は、10年以上前に一度写真に撮られただけで、専門家にはその写真も偽造だと言われていた。

 その白ギフという見果てぬ夢を追いかける不器用な男たち。
その前に現れた女たちは、山小屋を含む山林を管理する不動産会社の支店長・安藤と田舎回りのストリップの踊り子・ゆか。男たちの見果てぬ夢に巻き込まれてしまう。戸塚は妻と別れ一人息子を自分の不注意で亡くしていた。真一も両親を亡くし、親の残した遺産で細々と暮らしていたのだが、白ギフへの憧れに戸塚を誘って山に入って来たのだった。

 肉食系の中年男と草食系のオタクと言う普通の生活では絶対に理解しあえない男二人が、一つの目標を共有しようとします。そのぶつかり合いは演劇的に面白い題材で、現代日本の一面を捉えているなと思いました。

 戸塚は少々自滅型な性格でバクチで負けて500万円の借金を作ったりしてしまいます。この設定はちょっと無理があったのではと思いました。
たちの悪い連中も相手が500万円の負けを払えるかどうか見極めるはず。戸塚の身なりや風体はどう見ても、そんな金は払えそうに無く、演劇上の事件としては大げさ過ぎのように思えました。この借金の取り立てに来た若いチンピラが戸塚を殴り続けたことで、戸塚が命を落とすきっかけになるのですが、その為に少々無理をして設定したのではと感じました。 
 不動産会社の安藤は、唯一の常識人でしたが、少々便利に使える人間として配置されていて、女性である必要があったのかどうか、大人の事情で女性になった気もしました。

 戸塚は一緒に暮らしていくうちに真一のことを自分の亡くなった息子と重ね合わせていくところが、しみじみと良かったです。また白ギフの幻の写真を撮ったのが真一の亡き父だったという謎解きもあり、擬似親子がお互いの心の空洞を埋めていくために戦い続けていく姿が強烈な印象を残した芝居でした。

 それにしても、日本人男性にとってストリッパーという職業でありながら、純朴な女の子というのは未だに永遠のマドンナなんだなぁと思わされました。ゆか役の中別府葵さんの頑張りが光っていました。

 

2012年4月30日 (月)

ワンダーガーデン

観劇日…2012年4月8日
劇場…新神戸オリエンタル劇場

 明治の終わり頃から20年に渡る三姉妹と義妹の物語。
 長女・千草は杉山少尉と結婚することが決まる。千草は少尉の妻として規則正しく生きて行く。
次女・薫子は薔薇の美しさに惹かれて庭にやって来た大村子爵と恋をするが、大村には妻がいた。義妹・桜が特高警察に捕まったことで大村の操縦する飛行機で上野に向かうが悪天候で飛行機が墜落し、自分だけが生き残る。
三女・葉月は、読書好きで詩人の石巻と付き合ったりもしたのだが、祖父の葬式を手伝いに来た実業家・毛利と結婚する。
桜は女優になり、葉月がかつて付き合っていた石巻と結婚し、左翼活動に奔走している。

 元々花組芝居の同期4人の入座20周年記念で上演された作品の再演です。
但し初演は東京だけだったので私としては初めての観劇となりました。

 美しく手入れされた庭のある一家の三姉妹と義妹、そして彼女たちの夫や恋人たちを4人が早変わりで演じていきました。作はわかぎゑふさんで、どんなに時間が流れ世間が騒がしくなっても、毎日の生活は変わらず続いていくという女性作家の目線で、庭が4人の女たちを包みこんでいるように思いました。

 再演ということで前回とは違う配役だったそうで、こういうことができるのも花組芝居でちょくちょく役替わりで上演したりするからなのでしょう。

 一度決まった規則は守り通すという長女・千草、彼女を演じた大井靖彦さんのキャラとは違った感じで、そんなこと口で言ってても、あんまりちゃんと守って無いだろうと思えました。大井さんは、どことなく甘えん坊の雰囲気があるので、千草は難しかったんじゃないでしょうか。もう一役の実業家毛利のような男の役も大井さんには珍しく、いくら頑張ってもあんまり儲けられない人だろうなという感じでした。

 次女・薫子、詩人石巻役は桂憲一さん。桂さんは手堅い演技をなさるので、配役に違和感はありませんでした。
 前半葉月をサディスティックに翻弄していた石巻が、後半はヒモ男風に桜の尻に敷かれている差が面白く、年月や特高に逮捕されたり、子供の存在が男を変えるんだなと思いました。

 三女・葉月、大村子爵役は植本潤さん。こちらも華やかな女形なので葉月は可愛らしく安心して拝見しました。大村子爵を落ち着いた雰囲気で演じられたということは、中年男性という設定だったのでしょうか。私としては珍しい役を拝見させていただいた感じで、こんな優しそうな男性が奥さんがいるのに薫子と不倫してしまうのだろうかという印象でした。
 ラスト、大村子爵に瓜二つで薫子と長い間文通していた台湾人として出て来られたのですが、薫子が女性だと思っていたのが実は男性だったというちょっとしたドンデン返し、これからこの二人に何が起こるのかロマンティックに終わっていったのも女性作家らしい雰囲気ではなかったでしょうか。

 義妹・桜、杉山少尉役は八代進一さん。兄妹役を一人で演じることになりました。女優になってからの桜は気風のいい女で八代さんらしさがありました。
 それにしても当時の世相で軍人としてエリートコースを歩む男の妹が、特高にマークされる左翼の女優になれたのかどうか、ちょっと疑問が残りました。

 4人の男たちが忙しく早替わりしながら話が進んだので、4人の早変わりでなく、普通に上演されていたら、袴姿の女学生や左翼闘士の女優など華やかな舞台面になっただろうと思いました。

2012年1月 4日 (水)

岸田國士傑作短編集

観劇日…2011年11月20日
劇場…八尾プリズムホール小ホール

 文学座創立メンバー岸田國士の短編3本「明日は天気」「驟雨」「秘密の代償」が上演されました。
この3本は約80年前に書かれたもので、その当時の東京言葉(新派とも違う)のなだらかな言い回しが、今ではすっかり聞かれなくなっているので、かえって耳新しい感じがしました。

 岸田國士さんが創立された文学座だからこそ、 80年前の作品が、俳優さんたちの演技力で現代でも理解されることが証明されたと思いました。但し、現代と違って奥ゆかしいところがあるので、見てるこちらが察しないといけないところが少々ありましたが。

 「明日は天気」は避暑に海水浴のできる旅館に滞在している夫婦の話。折角避暑に来たのに雨続きで海水浴ができず、部屋で退屈を持て余している二人の会話が続きます。現代ならスマホでゲームとかぼんやりテレビでも見て時間潰せたのになと思って見てしまいました。

 「驟雨」はぼちぼち倦怠期を迎えた夫婦のところに、妻の妹が新婚旅行の愚痴を言いにくるという話。妹の話を聞いていて、80年前の箱入り娘とはこんなものなのかと思いました。当時だと結婚するまで男と付き合うなど、良家の娘としてあるまじき行為だったのでしょうから、男の本質を知って愚痴りたくなるのも仕方が無いかなと思いました。

 「秘密の代償」は金持ちの家で美人の女中が突然辞めたいと言い出します。奥さんのお気に入りの女中だったので、突然の申し出に驚き訳を聞くのですが、はっきり辞める理由を女中が言わないので、ひょっとして旦那か息子のどちらかが、女中に手を出したのではと疑って…という話でした。
 結局この女中は窃盗犯で、タンスの中にあった大金を盗んで逃げている途中で警察官に捕まってというオチでした。
 奥さんがあれこれ早合点し空回りするのですが、旦那も息子も美人の女中に満更でもなさそうにも見えるし、80年前なので露骨な表現も抑制されているので、その焦らされてる感が最後のオチに効いていたように思いました。

2012年1月 3日 (火)

聖ひばり御殿

観劇日…2011年10月30日
劇場…ABCホール

 ジャンヌ・ダルクと美空ひばりさんの人生をモデルにした作品で初演から16年ぶりの上演でした。
狸御殿が舞台ですので、イギリス対フランスが狐対狸の戦争と言う設定でした。ジャンヌ・ダルクの復権裁判が始まり、家族やシャルル7世などが証人として呼び出され、ジャンヌ・ダルクの人生が描かれていくのですが、父親が魚屋だったり母親がステージママだったりと、どこか美空ひばりさんを想像させ、昭和歌謡のメロディで芝居に合わせた替え歌がふんだんに登場しました。

 16年前の加納座長のオリジナルが元になっているので、パンフレットにも書かれていたとおり、少々混沌としていました。私は初演の「聖ひばり御殿」を見ていなかったので、途中までこの芝居がジャンヌ・ダルクが処刑されてから24年後の復権裁判のことだと知らずに見ていました。というかジャンヌ・ダルクに復権裁判というものがあった事自体も知らなかったのですが。

 この公演で感じたのは、とにかく花組芝居の若手陣の奮闘でした。主人公の元祖姫狸田の君役・堀越涼、娘狸玉木役・二瓶拓也、狸穴屋金之助他2役・谷山知宏がいつの間にやら主要なキャストとして芝居をまわすことができるように育っていたこと。大阪に住んでいるので、花組芝居は年に1回の本公演にしか行かないということもあり、若手の成長を目の当たりにし、花組芝居も当分安心だなと思いました。

2012年1月 2日 (月)

曽根崎心中

観劇日…2011年10月23日
劇場…国立文楽劇場小ホール

南条好輝の近松心中物二十四番勝負・その二十四

南条好輝の近松二十四番勝負の最終回は、近松の出世作ともなった「曽根崎心中」でした。
この作品は成駒屋の代表作で芝居も見たことがありますが、今回のような朗読劇だとお初徳兵衛の二人の会話が濃密で、今まで見てきた近松作品の中でも余計な入れ事も少なく、近松の出世作として頷けました。

 徳兵衛の側から見れば、こんなに愛しているお初がいるのに、自分の叔父でもある親方が妻の姪を嫁にせよと言ってくると叔父のことを悪者のように言いますが、こちらが親ぐらいの年齢になったせいか、親方が徳兵衛を心配して遊女と手を切らすべく嫁取りの話を持ちかけてきたことも理解できます。

 また嫁取りを断ると継母が勝手に受け取っていた持参金の金二貫目を返せと親方に言われます。それで徳兵衛は継母から二貫目を取り返してきますが、まだ曽根崎心中では継母の存在があまり重要ではなかったようで、あっさり語られてしまったのに、少々驚きました。今まで見てきた近松心中物では、主人公をいじめる継母や継父の場面がかなり重要で、強烈な個性の継母に楽しませてもらってきたからです。

 徳兵衛の敵役九平次は二貫目の金を1日だけ融通して欲しいと徳兵衛に頼み、徳兵衛は男気で貸してしまいます。町衆と一緒にやってきた九平次に期限が過ぎているので金を返せと迫っても、そんな金を借りた覚えは無い、借用書は偽判であると開き直り、かえって徳兵衛が悪者にされてしまいます。

 この辺りは曽根崎心中だけではなく、他の狂言でも似たような展開があり、男が心中を決心する重要な事件になり、演劇的にも見所になるのですが、冷静に考えれば、お初と会うためには茶屋に金を払わねばならず、その遊ぶ金が借金となり、それがかさんでにっちもさっちも行かなくなって心中せねばならなくなったのでしょう。ただ芝居小屋も遊女屋も繁華街を支える一員で、持ちつ持たれつだっただろうし、遊女屋のやり方を非難する脚本を書くわけにもいかないとなると九平次のような人間を出すことになるのだろうなと思いました。

  近松心中物の雛形としての曽根崎心中、この作品から年代を追って心中作品を読んでいけば、近松の作劇術について、色々得ることができるのではと思いました。

2011年11月26日 (土)

第二十一回上方歌舞伎会

観劇日…2011年8月21日
劇場…国立文楽劇場

演目は「絵本太閤記・尼崎閑居の場」「松廼羽衣」「傾城反魂香・土佐将監閑居の場」の3本でした

「絵本太閤記」・・・十次郎役は片岡千次郎さん。真面目な人柄なので出陣するまでは、もうちょっと派手さが欲しいかなと思いましたが、後半苦しい息での述懐は憂いがあって良かったです。
初菊役は片岡りき彌さん。赤姫なので、出だしはもうちょっとあどけなくてわがままな感じが欲しかったかも。許嫁が出陣するのが分かっていても最初から寂しげな感じだと、後半の本当に悲しむ場面で、悲しみが深まって来ないのではと感じました。

光秀役は片岡千志郎さん。光秀は笠から顔を出すところで劇場を圧倒する力が必要とされる座頭の役です。さすがに千志郎さんにはまだまだ風格を云々できる力は不足していますが、現在自分が持てる力を振り絞っていたのではないでしょうか。時代物に必要な武骨な持ち味はこの先貴重になると思いました。

「傾城反魂香・土佐将監閑居の場」・・・主役の又平役片岡松次郎さん、お徳の片岡千壽郎さんの真面目な役への取り組みが反映されているように思えました。
ただ私の目には主役の二人よりも、年配の土佐将監の役を飄々と演じている中村鴈大さんの雰囲気が面白くて、そちらの方が印象に残りました。

「松廼羽衣」は舞踊なので私自身詳しくないので、感想は失礼致します。

 今年から上方歌舞伎塾の卒塾生を中心にした編成になり、実力の差が無くなったことで、いい意味の緊迫感が生まれ、拝見していて好感が持てました。
そして若手たちだけでも満足させてもらえる公演ができるようになったことに安心しました。

2011年10月30日 (日)

幽霊たち

観劇日…2011年7月11日
劇場…森ノ宮ピロティホール

1947年ニューヨークで私立探偵をしていたブルーはホワイトという男から、ブラックという人物の調査を依頼される。週に一度レポートを提出すれば報酬の小切手を送るというものだった。
ブラックの部屋の向かいのアパートに部屋まで用意されていた。
ブルーは浮気調査かと思い、10日もすれば仕事は終わると仕事を受ける。
しかしブラックは毎日タイプライターを打って文章を書くか、ウォールデン森の生活という本を読むか、食事をし、眠りにつくという決まりきった生活を続けるだけだった。
探偵という職業柄、恋人に居場所を告げることも出来ず1年が経ってしまう。
ある日、街に出たブルーは恋人が他の男と歩いているのを見つけてしまう。
この世から失踪同然になっていることに焦ったブルーはブラックの部屋に忍びこみ、机の上に自分が送り続けたレポートを見つけ…。

久しぶりに抽象的な、結末がよく分からない芝居でした。
都会でも人に知られず住むということは、森の中での隠遁生活と同じだということが言いたかったのでしょうか。
お金があって何不自由ない生活を送っているブラックの退屈に付き合わされたブルーは人生まで狂わされ、いい迷惑としか言いようがありません。
ブルーはブラックを殺すことで、自分の人生を取り戻すことができたかどうかも不明のまま、芝居が終わってしまいました。

 実力のある佐々木蔵之介さんや奥田瑛二さんが出演されてたから見応えはありましたが、パルコプロデュースらしい作品と自分を納得させて帰路につきました。