2012年1月 4日 (水)

岸田國士傑作短編集

観劇日…2011年11月20日
劇場…八尾プリズムホール小ホール

 文学座創立メンバー岸田國士の短編3本「明日は天気」「驟雨」「秘密の代償」が上演されました。
この3本は約80年前に書かれたもので、その当時の東京言葉(新派とも違う)のなだらかな言い回しが、今ではすっかり聞かれなくなっているので、かえって耳新しい感じがしました。

 岸田國士さんが創立された文学座だからこそ、 80年前の作品が、俳優さんたちの演技力で現代でも理解されることが証明されたと思いました。但し、現代と違って奥ゆかしいところがあるので、見てるこちらが察しないといけないところが少々ありましたが。

 「明日は天気」は避暑に海水浴のできる旅館に滞在している夫婦の話。折角避暑に来たのに雨続きで海水浴ができず、部屋で退屈を持て余している二人の会話が続きます。現代ならスマホでゲームとかぼんやりテレビでも見て時間潰せたのになと思って見てしまいました。

 「驟雨」はぼちぼち倦怠期を迎えた夫婦のところに、妻の妹が新婚旅行の愚痴を言いにくるという話。妹の話を聞いていて、80年前の箱入り娘とはこんなものなのかと思いました。当時だと結婚するまで男と付き合うなど、良家の娘としてあるまじき行為だったのでしょうから、男の本質を知って愚痴りたくなるのも仕方が無いかなと思いました。

 「秘密の代償」は金持ちの家で美人の女中が突然辞めたいと言い出します。奥さんのお気に入りの女中だったので、突然の申し出に驚き訳を聞くのですが、はっきり辞める理由を女中が言わないので、ひょっとして旦那か息子のどちらかが、女中に手を出したのではと疑って…という話でした。
 結局この女中は窃盗犯で、タンスの中にあった大金を盗んで逃げている途中で警察官に捕まってというオチでした。
 奥さんがあれこれ早合点し空回りするのですが、旦那も息子も美人の女中に満更でもなさそうにも見えるし、80年前なので露骨な表現も抑制されているので、その焦らされてる感が最後のオチに効いていたように思いました。

2012年1月 3日 (火)

聖ひばり御殿

観劇日…2011年10月30日
劇場…ABCホール

 ジャンヌ・ダルクと美空ひばりさんの人生をモデルにした作品で初演から16年ぶりの上演でした。
狸御殿が舞台ですので、イギリス対フランスが狐対狸の戦争と言う設定でした。ジャンヌ・ダルクの復権裁判が始まり、家族やシャルル7世などが証人として呼び出され、ジャンヌ・ダルクの人生が描かれていくのですが、父親が魚屋だったり母親がステージママだったりと、どこか美空ひばりさんを想像させ、昭和歌謡のメロディで芝居に合わせた替え歌がふんだんに登場しました。

 16年前の加納座長のオリジナルが元になっているので、パンフレットにも書かれていたとおり、少々混沌としていました。私は初演の「聖ひばり御殿」を見ていなかったので、途中までこの芝居がジャンヌ・ダルクが処刑されてから24年後の復権裁判のことだと知らずに見ていました。というかジャンヌ・ダルクに復権裁判というものがあった事自体も知らなかったのですが。

 この公演で感じたのは、とにかく花組芝居の若手陣の奮闘でした。主人公の元祖姫狸田の君役・堀越涼、娘狸玉木役・二瓶拓也、狸穴屋金之助他2役・谷山知宏がいつの間にやら主要なキャストとして芝居をまわすことができるように育っていたこと。大阪に住んでいるので、花組芝居は年に1回の本公演にしか行かないということもあり、若手の成長を目の当たりにし、花組芝居も当分安心だなと思いました。

2012年1月 2日 (月)

曽根崎心中

観劇日…2011年10月23日
劇場…国立文楽劇場小ホール

南条好輝の近松心中物二十四番勝負・その二十四

南条好輝の近松二十四番勝負の最終回は、近松の出世作ともなった「曽根崎心中」でした。
この作品は成駒屋の代表作で芝居も見たことがありますが、今回のような朗読劇だとお初徳兵衛の二人の会話が濃密で、今まで見てきた近松作品の中でも余計な入れ事も少なく、近松の出世作として頷けました。

 徳兵衛の側から見れば、こんなに愛しているお初がいるのに、自分の叔父でもある親方が妻の姪を嫁にせよと言ってくると叔父のことを悪者のように言いますが、こちらが親ぐらいの年齢になったせいか、親方が徳兵衛を心配して遊女と手を切らすべく嫁取りの話を持ちかけてきたことも理解できます。

 また嫁取りを断ると継母が勝手に受け取っていた持参金の金二貫目を返せと親方に言われます。それで徳兵衛は継母から二貫目を取り返してきますが、まだ曽根崎心中では継母の存在があまり重要ではなかったようで、あっさり語られてしまったのに、少々驚きました。今まで見てきた近松心中物では、主人公をいじめる継母や継父の場面がかなり重要で、強烈な個性の継母に楽しませてもらってきたからです。

 徳兵衛の敵役九平次は二貫目の金を1日だけ融通して欲しいと徳兵衛に頼み、徳兵衛は男気で貸してしまいます。町衆と一緒にやってきた九平次に期限が過ぎているので金を返せと迫っても、そんな金を借りた覚えは無い、借用書は偽判であると開き直り、かえって徳兵衛が悪者にされてしまいます。

 この辺りは曽根崎心中だけではなく、他の狂言でも似たような展開があり、男が心中を決心する重要な事件になり、演劇的にも見所になるのですが、冷静に考えれば、お初と会うためには茶屋に金を払わねばならず、その遊ぶ金が借金となり、それがかさんでにっちもさっちも行かなくなって心中せねばならなくなったのでしょう。ただ芝居小屋も遊女屋も繁華街を支える一員で、持ちつ持たれつだっただろうし、遊女屋のやり方を非難する脚本を書くわけにもいかないとなると九平次のような人間を出すことになるのだろうなと思いました。

  近松心中物の雛形としての曽根崎心中、この作品から年代を追って心中作品を読んでいけば、近松の作劇術について、色々得ることができるのではと思いました。

2011年11月26日 (土)

第二十一回上方歌舞伎会

観劇日…2011年8月21日
劇場…国立文楽劇場

演目は「絵本太閤記・尼崎閑居の場」「松廼羽衣」「傾城反魂香・土佐将監閑居の場」の3本でした

「絵本太閤記」・・・十次郎役は片岡千次郎さん。真面目な人柄なので出陣するまでは、もうちょっと派手さが欲しいかなと思いましたが、後半苦しい息での述懐は憂いがあって良かったです。
初菊役は片岡りき彌さん。赤姫なので、出だしはもうちょっとあどけなくてわがままな感じが欲しかったかも。許嫁が出陣するのが分かっていても最初から寂しげな感じだと、後半の本当に悲しむ場面で、悲しみが深まって来ないのではと感じました。

光秀役は片岡千志郎さん。光秀は笠から顔を出すところで劇場を圧倒する力が必要とされる座頭の役です。さすがに千志郎さんにはまだまだ風格を云々できる力は不足していますが、現在自分が持てる力を振り絞っていたのではないでしょうか。時代物に必要な武骨な持ち味はこの先貴重になると思いました。

「傾城反魂香・土佐将監閑居の場」・・・主役の又平役片岡松次郎さん、お徳の片岡千壽郎さんの真面目な役への取り組みが反映されているように思えました。
ただ私の目には主役の二人よりも、年配の土佐将監の役を飄々と演じている中村鴈大さんの雰囲気が面白くて、そちらの方が印象に残りました。

「松廼羽衣」は舞踊なので私自身詳しくないので、感想は失礼致します。

 今年から上方歌舞伎塾の卒塾生を中心にした編成になり、実力の差が無くなったことで、いい意味の緊迫感が生まれ、拝見していて好感が持てました。
そして若手たちだけでも満足させてもらえる公演ができるようになったことに安心しました。

2011年10月30日 (日)

幽霊たち

観劇日…2011年7月11日
劇場…森ノ宮ピロティホール

1947年ニューヨークで私立探偵をしていたブルーはホワイトという男から、ブラックという人物の調査を依頼される。週に一度レポートを提出すれば報酬の小切手を送るというものだった。
ブラックの部屋の向かいのアパートに部屋まで用意されていた。
ブルーは浮気調査かと思い、10日もすれば仕事は終わると仕事を受ける。
しかしブラックは毎日タイプライターを打って文章を書くか、ウォールデン森の生活という本を読むか、食事をし、眠りにつくという決まりきった生活を続けるだけだった。
探偵という職業柄、恋人に居場所を告げることも出来ず1年が経ってしまう。
ある日、街に出たブルーは恋人が他の男と歩いているのを見つけてしまう。
この世から失踪同然になっていることに焦ったブルーはブラックの部屋に忍びこみ、机の上に自分が送り続けたレポートを見つけ…。

久しぶりに抽象的な、結末がよく分からない芝居でした。
都会でも人に知られず住むということは、森の中での隠遁生活と同じだということが言いたかったのでしょうか。
お金があって何不自由ない生活を送っているブラックの退屈に付き合わされたブルーは人生まで狂わされ、いい迷惑としか言いようがありません。
ブルーはブラックを殺すことで、自分の人生を取り戻すことができたかどうかも不明のまま、芝居が終わってしまいました。

 実力のある佐々木蔵之介さんや奥田瑛二さんが出演されてたから見応えはありましたが、パルコプロデュースらしい作品と自分を納得させて帰路につきました。

2011年9月 3日 (土)

長町女腹切

観劇日…2011年6月19日
劇場…国立文楽劇場小ホール

 南条好輝の近松世話物二十四番勝負・その二十三

 京都の刀屋職人・半七は遊女のお花と深い仲で、お花の年季が明けたら夫婦約束をしていた。しかし強欲な義父と抱え主の主人から、金二十両で年季を延ばすよう迫られていた。
 それを知った半七は叔母から預かった刀を売り払って二十両を作る。
 叔母には偽物の刀を渡していた。叔母はそれに気付かず、刀を武士のお屋敷に納めていた。
 お花と共に、京都から逃げて来た半七が叔母の家にやって来た時、お屋敷より呼び出されていた叔父が刀が偽物だったことで叱責されて帰って来る。
 叔母は三代に渡って祟るという刀の因縁が半七に悪心を起こさせたとして、全ての責任を被って腹を切る。

ショッキングな題名のこの近松作品は二つの心中事件から作られたそうです。
一つは京都の半七お花の心中、もう一つは大坂長町の女の腹切りです。
大阪に住む観客にとっては、町人の女が腹切りに及んだことがショッキングな話題となっていたはずです。その事件のきっかけとして、京都の心中を利用したといえるでしょう。

 本当にあったニュース性の高い作品だったので、現代でも面白く聞くことが出来ました。ただ残念ながら最近では舞台化されていないとのこと、半七お花には若手役者を叔母には実力がある女形さんがなされば、見応のある芝居になるのではないでしょうか。

2011年7月15日 (金)

鳥瞰図

観劇日…2011年5月28日
劇場…兵庫県立芸術文化センター阪急中ホール

 千葉のとある船宿が舞台になっていました。そこは、地元の人たちのたまり場になっていました。
船宿には、おばあちゃんと漁師の息子が住んでいて、そこに孫娘が突然転がりこんでくることで、この家族が抱えている問題が炙り出されていきます。

 おばあちゃんは昔子供2人連れて、この船宿に嫁いできたのでした。娘は高校を卒業して家を出て、おばあちゃんたちとは疎遠になっていました。その娘が4ヵ月前に交通事故で亡くなってしまい、娘の旦那さんが女の人と暮らし始めたので孫娘は居場所が無くなって、おばあちゃんの所に来たのでした。

 長い間離れて暮らしていた娘の突然の死で心のなかでは悲しんでいるものの、表面上は普段通り明るく振る舞っているおばあちゃんの役を渡辺美佐子さんが演じられたのですが、舞台に立っている全員を家族のように包んでいる感じがして、芝居を見ていくうちに、その存在感がだんだん大きくなっていきました。
 息子は現在は独身ですが、かつて妻だった人が末期ガンと知って、皆にはパチンコに行くとごまかして病院に通っているという人間でした。不器用な生き方しかできない息子の役を演じたのは入江雅人さんでした。今まで、テレビドラマでしか拝見したことがなく、演技の幅も舞台サイズではない感じでしたが、それがぶっきらぼうな男の感じに上手く変換されていたように見えました。

 船宿に集まる人たちは、なかなか手練れのメンバーが揃っていて、楽しめました。

 東日本大震災で、鳥瞰図の舞台となった千葉の沿岸部が液状化現象で被害を受けたことを知った上でこの芝居を見ていたので、鳥の楽園だった干潟が埋め立てられてしまったことが、何度も語られるうちに、大震災後この船宿はどうなってしまったんだろう。その後の鳥瞰図が見てみたいなと思いました。

2011年7月 3日 (日)

紅姉妹

観劇日…2011年5月1日
劇場…シアター・ドラマシティ

  紅やの看板のあるレトロなバーに和服姿の老女が現れ、箱から最後の1本になった酒を取り出し、写真を相手に飲み始める。
暗転、時は遡り、新世紀の花火大会から、紅やに二人の女・ベニィとジュンが戻って来る。
ベニィは花火の爆発音を聞くと戦争時代の爆撃を思い出してしまうのだった。
そんな話をしているところにミミィがやって来る。今暮らしている旦那と別れて紅やに戻ってきたいというのだった。

こうして10年づつ時が遡って行くことで、この3人の半世紀の人生が明らかになっていきます。
 まず驚いたのが、舞台が日本ではなかったことでした。
最初ミミィ役の篠井さんが和服姿だったことと日本語の看板で、私は日本だと勝手に思い込んでしまいました。
 ところが、次のべニィとジュンの話から、どうも日本ではなくアメリカの話なのだと分かっていきました。

 次にベニィが男だったこと、今まで3軒茶屋婦人会の芝居は3人の男性が3人の女性の生き様を演じてきたので、まさかゲイが混じってるとは思いませんでした。

 このようにどんどんこの3人だけの秘密が明かされていく面白さがありました。
 もしこれが戦後から始まるストーリーだったら、商業演劇にありがちな女の一生物の芝居になっていたと思いました。

 今回は3軒茶屋婦人会の男性3人で上演されましたが、反対に宝塚OGで上演しても、面白い作品に仕上がるのではと思いました。

2011年5月22日 (日)

薩摩歌

観劇日…2011年3月19日
劇場…国立文楽劇場小劇場

 南条好輝の近松世話物二十四番勝負 その二十二

 薩摩歌という作品も、名前は聞いたことがあるけど、どんな内容かあまり知られていないので、今回もへぇぇぇと思いながら拝見しました。
 薩摩歌には2組のカップルが出てきます。

 主人公の源五兵衛は薩摩で僧の修行中におまんという娘と2年の間隠れて付き合っているのが見つかって、国を追い出されてしまう。そして江戸などの武家屋敷で中間奉公などを転々としながら、京に流れてきていた。

 奉公し始めたばかりの屋敷で夜回りをしていたのだが、間違えて姉娘小万の部屋の前に来てしまう。小万に見つかってしまった源五兵衛は問いただされただけでなく、蚊帳の中に誘い込まれてしまう。

 その気配を察した奥女中の林が源五兵衛を引っ張りだして、斬りかかる。なぜ小万が源五兵衛を誘い込んだかといえば、林の正体を暴くためだった。林は実は死んだと言われていた小万の許婚・三五兵衛だったのだ。

 三五兵衛は父の仇を討つために女の姿となって小万の側に身を潜めていた。でも小万は林が女ではないと見破っていた。
 小万もまたお蘭を身代わりにして源五兵衛を誘い込んだと明かす。

 源五兵衛は小万の部屋に忍び込んだことで職を解かれ、薩摩に帰る。そして恋人のおまんの家に事助という名前で雇われる。
 おまんの実母の命日なのに、継母は供養してくれることもなく、勝手におまんの結納を受けることを決めてしまう。父親に訴えるが、気弱な父親は継母の言いなりだった。
 継母の留守に諸国行脚の尼が通りかかったので、実母の回向に経を読んでもらうために、家に上げる。

 この尼は、京の武家屋敷で小万に仕えていたお蘭で、源五兵衛が小万に誘われたときに、小万の代わりに源五兵衛の相手をしていたのだ。それに気がついたおまんは源五兵衛と喧嘩になる。
 そこに継母が戻ってきて、事助が源五兵衛であることを知ったために、源五兵衛は坊の津へと帰されてしまう。

 源五兵衛が居なくなったことを嘆くおまんを哀れに思ったお蘭は、おまんの家出の手助けをする。

 源五兵衛の跡を追って坊の津にやってくるおまん。そこに継母もおまんを連れ戻しに追いかけてくる。
 源五兵衛は継母を斬りつけ、止に入ったおまんまでも誤って斬ってしまう。そして源五兵衛は、その場で腹を切る。

 そこへ仇討を済ませた三五兵衛と小万が駆けつける。おまんの結納は、三五兵衛が源五兵衛とおまんを結ばせようとしていたのだった。
 (劇場で配られたしおりを参考にさせてもらいました)

 今まで、何回か近松世話物二十四番勝負で近松物を聞いたり、歌舞伎や文楽で見たりしてきたものの中で、一番下ネタ満載だったのに、近松でさえ、このような作品を作ることもあったのだと少し驚いてしまいました。

 三五兵衛は敵討ちまでの間とはいえ、女の姿で許婚の小万の奥女中として仕えていて、それも小万からは男だと見破られており、そんな事をしていたら、敵さえ見つけられないではないかと朗読を聞きながら心のなかで突っ込んでました。
 この感想を書くために、薩摩歌の論文を少し当たってみたのですが、その中で"僅かな歌謡又は西鶴の「恋の山源五兵衛物語」によってイメージを得、近松独自の世界を想像した"とありました。
 西鶴の「恋の山源五兵衛物語」とは、衆道ひとすじの源五兵衛は自分が惚れた美少年が2人も亡くなったことに世を儚む。そんな源五兵衛に惚れたおまんは若衆姿になって源五兵衛に近づき、途中苦労するものの最後にはハッピーエンドになるというもの。
 近松は西鶴の源五兵衛物語を三五兵衛と小万にパロディ化したと思われ、だから三五兵衛が似合わない女の姿で現れることで観客は西鶴の「恋の山源五兵衛物語」を思い出していたのかもしれません。

 本筋の源五兵衛に関しては当時の流行歌が残っているだけで、詳細が記録に残されていないようなので西鶴にとっても近松にとっても、創作の土台にしやすかったのでしょうか。曽根崎心中が大ヒットした後、引き続き心中物を創作するネタに源五兵衛の歌謡を取り上げたのかとも思えました。

 現在「薩摩歌」の上演は絶えたとしても、「五大力恋緘」「盟三五大切」などの人気作に役名が引き継がれていく作品を聞くことができ、興味深かったです。

2011年4月29日 (金)

通し狂言 彦山権現誓助剱

観劇日…2011年2月12日
劇場…大阪松竹座

  67年ぶりの関西での通し公演とのことでした。
 毛谷村六助住居の場では女武丈夫のお園にスポットライトが当たることが多く、そんな芝居だと思っていました。 

 発端は長門国で武道指南役の吉岡一味斎が家老の前で京極内匠と木刀で立ち会い勝利します。それを逆恨みした京極は鉄砲で一味斎を殺し出奔します。仇討ちの赦免状を得たお園たちは京極の後を追います。

 山城国眞葛ヶ原に夫弥三郎・息子弥三松と共に暮らしていたお菊のところに京極が現れます。そして弥三郎・お菊を騙して、松原に誘い出し、この二人を殺してしまいます。残された弥三松は若党の佐五平に伴われて、豊前国に向かいます。

 一味斎の弟子・六助は豊前国で百姓をしていました。そこに微塵弾正という男が現れ、年老いた母親の為に仕官したいので御前試合で六助に負けてくれと頼みます。その気持を汲んで六助は負けてやりますが、実は微塵弾正は京極であり、母親も百姓女で、その秘密を守るために百姓女は殺されてしまいます。

 また若党の佐五平も京極に斬られ、弥三松を六助に預けます。そして有名な毛谷村六助住家の段へと繋がっていきます。

 こうして通しで見られると、何故お園が虚無僧の格好していたのかなど納得できました。狡猾な京極の目を逃れて、仇討のために諸国を巡るためには、変装せざるを得なかったということでしょう。

 敵役の京極は、目的の為なら人を騙すのも殺すのも平気な男、結構この設定が面白くて、67年も通しで公演が無かったのが勿体無いと思いました。

 主役の六助が後半にしか出てこないので、仁左衛門さんが出てきはったときには、心のなかで「これがほんまの待ってましたやで」と思いました。百姓なのに剣の達人でさっぱりとした気質のいい男。こんなにおいしい役は歌舞伎でも滅多に無いのではと思えました。

 テレビのバラエティーで、チラッとお顔をみるだけだった松也さんの女形を見ることができたのも、収穫だったと思いました。歳はお若いのに、なかなかこなれた感じで印象に残りました。