観劇日…2011年3月19日
劇場…国立文楽劇場小劇場
南条好輝の近松世話物二十四番勝負 その二十二
薩摩歌という作品も、名前は聞いたことがあるけど、どんな内容かあまり知られていないので、今回もへぇぇぇと思いながら拝見しました。
薩摩歌には2組のカップルが出てきます。
主人公の源五兵衛は薩摩で僧の修行中におまんという娘と2年の間隠れて付き合っているのが見つかって、国を追い出されてしまう。そして江戸などの武家屋敷で中間奉公などを転々としながら、京に流れてきていた。
奉公し始めたばかりの屋敷で夜回りをしていたのだが、間違えて姉娘小万の部屋の前に来てしまう。小万に見つかってしまった源五兵衛は問いただされただけでなく、蚊帳の中に誘い込まれてしまう。
その気配を察した奥女中の林が源五兵衛を引っ張りだして、斬りかかる。なぜ小万が源五兵衛を誘い込んだかといえば、林の正体を暴くためだった。林は実は死んだと言われていた小万の許婚・三五兵衛だったのだ。
三五兵衛は父の仇を討つために女の姿となって小万の側に身を潜めていた。でも小万は林が女ではないと見破っていた。
小万もまたお蘭を身代わりにして源五兵衛を誘い込んだと明かす。
源五兵衛は小万の部屋に忍び込んだことで職を解かれ、薩摩に帰る。そして恋人のおまんの家に事助という名前で雇われる。
おまんの実母の命日なのに、継母は供養してくれることもなく、勝手におまんの結納を受けることを決めてしまう。父親に訴えるが、気弱な父親は継母の言いなりだった。
継母の留守に諸国行脚の尼が通りかかったので、実母の回向に経を読んでもらうために、家に上げる。
この尼は、京の武家屋敷で小万に仕えていたお蘭で、源五兵衛が小万に誘われたときに、小万の代わりに源五兵衛の相手をしていたのだ。それに気がついたおまんは源五兵衛と喧嘩になる。
そこに継母が戻ってきて、事助が源五兵衛であることを知ったために、源五兵衛は坊の津へと帰されてしまう。
源五兵衛が居なくなったことを嘆くおまんを哀れに思ったお蘭は、おまんの家出の手助けをする。
源五兵衛の跡を追って坊の津にやってくるおまん。そこに継母もおまんを連れ戻しに追いかけてくる。
源五兵衛は継母を斬りつけ、止に入ったおまんまでも誤って斬ってしまう。そして源五兵衛は、その場で腹を切る。
そこへ仇討を済ませた三五兵衛と小万が駆けつける。おまんの結納は、三五兵衛が源五兵衛とおまんを結ばせようとしていたのだった。
(劇場で配られたしおりを参考にさせてもらいました)
今まで、何回か近松世話物二十四番勝負で近松物を聞いたり、歌舞伎や文楽で見たりしてきたものの中で、一番下ネタ満載だったのに、近松でさえ、このような作品を作ることもあったのだと少し驚いてしまいました。
三五兵衛は敵討ちまでの間とはいえ、女の姿で許婚の小万の奥女中として仕えていて、それも小万からは男だと見破られており、そんな事をしていたら、敵さえ見つけられないではないかと朗読を聞きながら心のなかで突っ込んでました。
この感想を書くために、薩摩歌の論文を少し当たってみたのですが、その中で"僅かな歌謡又は西鶴の「恋の山源五兵衛物語」によってイメージを得、近松独自の世界を想像した"とありました。
西鶴の「恋の山源五兵衛物語」とは、衆道ひとすじの源五兵衛は自分が惚れた美少年が2人も亡くなったことに世を儚む。そんな源五兵衛に惚れたおまんは若衆姿になって源五兵衛に近づき、途中苦労するものの最後にはハッピーエンドになるというもの。
近松は西鶴の源五兵衛物語を三五兵衛と小万にパロディ化したと思われ、だから三五兵衛が似合わない女の姿で現れることで観客は西鶴の「恋の山源五兵衛物語」を思い出していたのかもしれません。
本筋の源五兵衛に関しては当時の流行歌が残っているだけで、詳細が記録に残されていないようなので西鶴にとっても近松にとっても、創作の土台にしやすかったのでしょうか。曽根崎心中が大ヒットした後、引き続き心中物を創作するネタに源五兵衛の歌謡を取り上げたのかとも思えました。
現在「薩摩歌」の上演は絶えたとしても、「五大力恋緘」「盟三五大切」などの人気作に役名が引き継がれていく作品を聞くことができ、興味深かったです。